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ボブ・マーリー銃撃事件をベースに描く血みどろのジャマイカ現代史
ジェイムズの小説では、マーリーは「The Singer」と呼ばれ、キングストンのTivoli Gardensは「Copenhagen City」、アメリカの大都市に縄張りを広げた麻薬売買のギャング団Shower Posseは「Storm Posse」と呼び替えられている。
ジェイムズが(すぐに想像できる)仮名を使ったのは、写実主義の歴史小説を離れて抽象画のように歴史を描く意図の表明だろう。
そもそも、歴史は教科書でリニア(直線的)に描かれるほど単純ではない。多くの人々の無数の相互作用や連鎖反応で出来上がっているので、「原因と結果」、「真相」を 明確にするのは不可能だ。目撃者も、無意識に自分の視点で事実を歪める。歴史学者も個人的見解で「解釈」する。だから、ノンフィクションであっても、結局 はどこかフィクションなのだ。教科書とノンフィクションに描かれているのが「真実」だという思い込みはときに危険ですらある幻想だ。
ジェイムズは、そういった「歴史」の捉えがたい特性をふまえたうえで、1970~90年代のジャマイカの姿をフィクションで描いている。ボブ・マーリー銃撃事件が中心になっているが、著者のテーマが史実でないことは明らかだ。事件は、ジャマイカとジャマイカ人を描くための材料でしかない。
事件に直接的、間接的に関わったギャングのボス、若い下っ端のギャング、CIA工作員、「ローリング・ストーンズ」誌の記者、The Singerの愛人......などなど10人以上の視点がランダムな筆さばきで塗り重ねられていくうちに、フィクションでありながらも、私たちが知らなかったジャマイカの真の姿が浮かび上がってくるという野心的な手法だ。
ブッカー賞受賞がうなずける素晴らしい作品だが、読むのは簡単ではない。
まず、リストアップされた登場人物だけで70人以上だ。なかには元政治家の幽霊もコメンテーター的に現れるし、誰がどういう立場なのかを把握するまでに時間がかかる。そのうえ登場人物の多くが使うのはストリートギャングのジャマイカ英語なのですぐには意味がわからない。
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