コラム

遺伝性難病が発覚した家族のそれぞれの選択

2015年10月14日(水)18時00分

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今年のアカデミー賞授賞式に出席した著者のLisa

 アルツハイマーの患者と家族をサポートする Alzheimer's Association(アルツハイマー協会)に原稿を送ってお墨付きをもらい、1冊の売り上げにつき1ドルを協会に寄付するという約束を交わしてオンデマンド出版のiUniverseから自費出版した。

 アマゾンなどのオンラインで販売すると同時に、アルツハイマー協会のためにブログも書き、ウェブサイトも 作って読者へ直接マーケティングを行った結果、Still Aliceはアルツハイマー患者の家族の間で大評判となり、自費出版でありながらボストン・グローブ紙やテレビ・ラジオ番組で取り上げられるようになった。

 その結果、大手出版社のSimon & Schusterから改めて出版されて瞬く間にニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーになり、昨年映画化されたのだ。

 その後もLisaは、事故による脳の損傷をテーマにした『Left Neglected』、自閉症をテーマにした『Love Anthony』と、脳科学者(神経学者)の知識を活かした家族ドラマを書いてきた。そして、今年発売の最新作『Inside the O'Briens: A Novel (English Edition)』のテーマに選んだのがHuntington Disease(ハンチントン病)だ。

 主人公はボストンに住む44歳の警察官Joe O'Brienで、高校生のときに知り合った妻Rosieとの間にできた4人の子どもたちはすでに成長している。家族を愛し、地元でも尊敬されているJoeだが、30代後半から時折かんしゃくを起こすようになっていた。そして、最近では手足が突然奇妙な動きをする。仕事を失う危機に晒されてようやく病院に行ったJoeが告げられたのは、「ハンチントン病」という耳慣れない病名だった。

 ハンチントン病という難病の恐ろしさは、発症を止めるすべも、治療法もなく、しかも50%の確率で子どもたちに遺伝するという点だ。だから、'the cruelest disease known to man'(現在わかっているなかで最も残酷な疾患)と呼ばれている。

 ハンチントン病の犠牲になるのは、Joeだけではない。多忙な夫との穏やかな隠居生活を待ち望んでいたRosieはもちろんのこと、子どもたちにとっては自分自身の問題なのだ。

 Joeの長男は消防士で、長女はボストン・バレエ団のバレリーナ。身体のコントロールを失うハンチントン病が発症したら、彼らは仕事を続けることができない。遺伝しているかどうかを調べる方法はあるが、知ったところで発症を防いだり、遅らせたりする対策はない。それならJoeのように発症するまで知らないでいるほうが幸せではないか?

 だが病はすでに進行しているので、Joeには子どもたちに黙っているという選択肢はない。そして、病名を知らせたらネットで検索するだろう。悩んだあげく、Joeと Rosieは子供たちを集めて告白する――。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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