コラム

標高日本一の空港の「微妙な立ち位置」 交通の要衝・塩尻から松本へ

2020年09月04日(金)16時10分

◆本州の地方空港の「微妙な立ち位置」

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広大な芝生が広がる「信州スカイパーク」

交通の要衝としてのこの地で、もう一つ忘れてはならない場所がある。塩尻市と松本市にまたがる「信州まつもと空港」である。滑走路1本だけの小さな空港だが、標高657.5mの高さは日本一。内陸県唯一の空港でもある。周りが「信州スカイパーク」という広大な芝生の公園になっていて、北アルプスをバックに間近に旅客機や防災ヘリの離着陸が見られる。知る人ぞ知る絶景スポットだ。

松本エリアには新幹線が通っていない。メジャーなアクセス手段は、先にも触れた在来線特急「あずさ」(新宿―松本)か「しなの」(名古屋―長野)で、新宿―松本が約2時間30分、名古屋―松本が約2時間10分である。安さ重視なら+1時間程度で高速バスという選択肢もあるし、ほとんどの人がマイカーを持っている。それに加えて、この松本空港。しかし、この地の空路に鉄道と高速道路網に割って入るほど訴求力があるかというと、個人的には「色々と微妙」だと思う。

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信州まつもと空港は日本一標高が高い空港。離着陸が最も難しいと言われる

まず、最も人の行き来が多い東京へは、飛行機を使うには近すぎる。1965年の開港時から東京路線を開設する動きはあったが、自衛隊立川基地の上空を迂回しなければならないこと、さらには「近さ」ゆえに鉄道などと差別化しにくい状況で、いまだ東京線は開設されていない。現在就航している定期便(季節便含む)は、札幌(新千歳・丘珠)、大阪、神戸、福岡の各便だが、これらの路線も安泰とは言えない。日本航空が経営破綻によって撤退した2010年には、定期便消滅の危機に陥ったくらいだ。その時はなんとか静岡のコミューター(地域航空会社)、フジドリームエアラインズ(FDA)が引き継いだものの、今日まで毎年採算ラインとにらめっこしているような状況で、今年ある路線が来年も存続している保証はない。FDA参入以前の松本空港の歴史では、仙台、関西、広島、高松、松山などの路線が開設されては短期間で廃止されている。

国土の狭い日本の場合、北海道・九州・沖縄はまだしも、本州間の移動で国内線がアメリカのように普及するとは考えにくい。コロナ禍でインバウンド需要も当面見込めないだろう。それでも、松本地域は全国から登山客・スキー客を見込める分、存在意義は高い方かもしれない。また、「本州のど真ん中」という立地に空港を置くのは、決して突飛な発想ではないだろう。しかし、現実は厳しい。2019年の全国空港乗降客数ランキングでは、信州まつもと空港は、86ヶ所中61位(153,676人)。松本より下位は、ほとんどが離島の空港である。今は公的資金を投入して採算度外視で地方空港を存続させられる時代でもないので、安穏としていられない。

◆WELCOME TO SHINSHU

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空港の滑走路脇には「WELCOME TO SHINSHU」の文字が

ところで、信州まつもと空港の滑走路脇には、「WELCOME TO SHINSHU」の文字が大書してある。「MATSUMOTO」でも「NAGANO」でもなく、「SHINSHU」。今回同行した埼玉県出身のKカメラマンは、それを見てポカンとしていた。長野県民になって10年近く経つ私も、最初はやはり、地元の人が「信州」とか「信濃の国」という名称を使いたがるのを「なんでだろう?」といぶかったものだ。

もともとは単に「松本空港」だった。「信州まつもと空港」は、公募により2004年から使用している名称である。1996年をピークに利用者が減少傾向にあった中、名称変更を起爆剤の一つにしようと考えたとのことで、松本のみならず長野県の玄関口としてアピールするために「信州」をつけたのだろう。しかし、「WELCOME TO SHINSHU」の文字を見た時のKカメラマンの呆然とした様子を見るまでもなく、他県の人たちには「長野県」「長野」の方が通りがいいのは、あらためて言うまでもないところだ。そのことに、長野県民の多くは気づいていないのではないだろうか。

実のところ、諏訪地域の茅野市に住んでいる僕も、東京の人には「長野からわざわざご苦労さまです」などと言われると、違和感を感じる。こちらで「長野」と言えば、長野市と周辺のことで、諏訪大社を中心とした独立国然とした諏訪が「長野」と言われるのは、カタルーニャ地方の人たちが「スペイン」と言われる感覚に近いかもしれない。まして、長野と長年のライバル関係にある松本の人たちは、「長野」に強い違和感を感じるに違いない。

長野県の国立大学が長野大学ではなく「信州大学」で長野キャンパスと松本キャンパスに分かれているのも、県紙が「信濃毎日新聞」で長野と松本の両方に「本社」があるのも、県歌(歌えるかどうかが僕のようなニワカ信州人を見分ける指標となっている)が「信濃の国」なのも、長野市以外の地域への配慮というか、地域色が強い県民意識を反映した自然な成り行きなのだと僕は思っている。他県民が長野県全体の玄関口として「松本空港」を改称するとすれば、「長野空港」という案が自然に出てくるであろう。しかし、そうは問屋がおろさないのが「信州」という土地である。

そんなわけで、「信州まつもと空港」のターミナルビルの手前で松本市に到達。夕暮れの田園地帯の一本道を歩いて篠ノ井線・国道19号方面に戻り、松本駅の2つ手前の平田駅でゴールとした。次回は国宝・松本城がある中心市街地を歩く。

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夕暮れの一本道を松本方面へ

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今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:みどり湖駅 → 平田駅(https://yamap.com/activities/6804576)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=21.5km
・歩行時間=10時間18分
・上り/下り=66m/222m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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