コラム

霧ヶ峰で古代の自然信仰に出会う 「歩く」ことで人生の歩みを再確認

2020年03月23日(月)18時30分

撮影:内村コースケ

第17回  白樺高原 → 諏訪大社上社参道
<令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた。>

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「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより

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これまでの16回で実際に歩いてきたルート:YAMAP「活動データ」より

◆スタート地点は地方移住先の自宅

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今回のスタート地点は、2011年に愛犬と共に移住した自宅山荘

ここからは、本州を地質的に東西に分けるフォッサマグナに沿って列島の真ん中を歩き、新潟県糸魚川市の日本海を目指す。スタートの東京湾からの徒歩ルートをGoogleマップで計算すると、全行程336km・73時間と出る。実際には、ほぼ中間地点まで来た現在までに歩いた距離は、16回の合計で300km。なるべく裏道を選びながらちょこちょこ寄り道をしたので、最短距離の2倍近くかけていることになる。

で、その中間地点は、都合よく筆者の自宅である。2011年に、東京から長野県茅野市の白樺湖近くの山小屋に移住した。出身地の東京をスタートして移住先を通過するルートを選んだのは、前回も書いたように、ある程度土地勘があるルートを歩いた方が、日本のディテールに迫る旅の主旨に適っていると思ったからだ。とはいえ、自宅が中間地点になったのは、偶然か必然か自分にもよく分からない。アドリブ要素の強いこの旅にあって、最初から狙っていたわけではないが、引き寄せられるようにここまで来たような気もする。

その今回のスタート地点ともなった自宅は、標高1380mの山中にある。スキーリゾートの白樺湖・車山から少し下った別荘地内の一角だ。家自体は30年ほど前からあったが、ここに本格的に移住したのは2011年の夏だ。東日本大震災の5ヶ月後のことで、当時は福島第一原発事故による放射能汚染を恐れて東京を離れる人が見られたが、僕の場合はそれが理由ではない。目に見えない真偽不明の恐怖にパニックを起こすような余裕は僕にはなく、「生活が立ち行かなくなる」という現実的な不安の方がずっと大きかった。

震災は、リーマン・ショックに始まった不況に止めを刺した。この原稿を書いている2020年3月時点で、フリーランスに対する新型コロナウイルスによる休業補償計画の"手薄さ"が話題になっているが、日本は「会社員にあらざれば人間にあらず」と言いたくなるような、文字通りのサラリーマン社会である。だから、震災当時は、フリーランスのクリエイターをはじめ、個人事業主の多くが本当に苦しんだ。広告・デザイン業界の末端にいた僕などから見れば目がくらむほどのメジャーな仕事をしていた人ですら、何人も廃業した。僕の移住先の近場にも、東京で仕事がゼロになって、生活を一新するために本格移住してきた有名デザイナーがいる。僕はそれとは比較にならないマイナーな仕事しかしていなかったけれども、やはり東京で高い家賃を払い続ける生活の続行に困難が生じ、いっそ生活スタイルをリセットする決断に至った。

もちろん、あらゆる物事には複合的な要因がある。もともと、いつかは東京を離れ、北海道のような広々とした場所で暮らしたいという夢はあった。そう思うようになったきっかけは、フリーランスになり、結婚したのとほぼ同時に、犬を飼い始めたことだ。吠えてもダメ、走ってもダメ、団地内を散歩してもダメ、建物に入ってもダメのダメダメ尽くし。犬の権利がほとんど保証されていない日本の都会で、犬と暮らすのは心苦しかった。移住した2011年当時は2頭のフレンチ・ブルドッグと暮らしていたが、山荘への移住は彼らとの生活を充実させるためでもあった。

◆「徒歩の旅」で人生の歩みを再確認する

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犬と静かに暮らすために、山の中の別荘地に移住した

そのフレンチ・ブルドッグたちは、去年の夏までにこの地で天寿を全うしたが、犬との生活は続いている。今の家族は、長年視覚障害者の目の役割を果たしてきた10歳のオスのラブラドール・レトリーバー。仕事を引退して我が家にやってきた。前の犬が亡くなり、犬との生活が途切れた時点で、震災ショックが癒えた東京に帰っても良かったかもしれない。仕事先や友人関係はまだほとんど東京でつながっている。僕はここでの暮らしで、地元に溶け込む道は選ばず、今話題のテレワークの先陣を切って、インターネットを活用しながら以前からのつながりを活かして仕事を再構築してきた。ざっくり言えば、東京(首都圏)で撮影・取材をして、長野に持ち帰って編集・執筆・入稿・営業活動をするスタイルである。

月の半分以上は山の中で犬と穏やかに暮らし、外の人間関係は価値観を共有できる都会の人たちと築く。それが、僕なりの「田舎暮らし」のリアルな実体だ。贅沢だとか、世捨て人・引きこもりみたいだとか、地元に溶け込んで小さな会社にでも就職しろ、といった批判的な声もなくはない。でも、この生活を続けるのにも、当然、努力と苦労が伴う。それは、都会のサラリーマンと形が異なるものかもしれない。でも、僕は彼らと比べて格別な贅沢をしているわけでも、逆に過酷な生活に耐えているわけでもない。ただ、「フリーでクリエイター系の仕事をしていて、子供を持たずに犬と夫婦で暮らしている」という最大公約数的ではない存在なりに、自分たちが一番幸せな道を歩いてきた結果、ここにたどり着いただけだ。

それを文字通り「歩く」ことで再確認するために、僕はこの旅で、東京から自宅まで歩いてきたのかもしれない。そんな思いを繋ぐために、今回の旅の序盤は、自宅がある別荘地内の遊歩道を愛犬と一緒に歩いた。舗装道路が切れて短いトレッキングコースを抜け、別荘地を出ると、車山高原スキー場に続くペンション街である。愛犬とはここでお別れ。スキー場のさらに上の、車山山頂を一人で目指した。

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車山に至る遊歩道を愛犬と共に進んだ

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車山のペンション街。ここから先は山頂を目指して一人で進む

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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