コラム

現代の模範村、中国・烏鎮(ウーチン)で開かれた世界インターネット大会

2018年11月14日(水)16時50分

開幕式でスピーチした中で興味深いのは、パキスタン元首相のショーカット・アジーズである。中国は隣国インドとの間で国境紛争などの緊張を抱えている。そのインドと因縁の対立関係にあるのがパキスタンである。必然的に中国とパキスタンは密接な関係にあり、一帯一路の重要なパートナーとなっている。

開幕式の後に行われた全体会合では、アフガニスタンやルーマニアの通信大臣、ロシアのサイバーセキュリティ会社であるカスペルスキーラボのユージン・カスペルスキーらがスピーチを行った。こうした国々とのつながりが今の中国のパートナーを示しているのかもしれない。

中国の先行きへの不安?

もう一つ興味深い点は、中国側の登壇者たちの言葉の端々から、中国の見通しに対する不安が漏れていたことである。集体治理もそうだが、「一緒にやろう(work together)」という言葉も何度も聞かれた。中国には8億人ものインターネット利用者がいる、モバイルインターネットは急速に普及している、という言葉もあるのだが、最後の締めの言葉は「一緒にやろう」になることが多く、中国がリードするという強い言葉は出てこない。

ちょうど今年は中国の改革開放から40周年にあたる。この40年の間の中国の発展はすさまじい。しかし、あるパネル討論で中国人の司会者は「中国発のイノベーションは出てくるだろうか」と問いかける。ドイツ人のパネリストは「ドイツは車で100年間リードしてきた。しかし、ガソリン車の時代はまもなく終わる。新しい車の開発で中国は一気にトップに躍り出るかもしれない」といい、エジプト人のパネリストは「中国がイノベーションのパワーハウスになるのはまちがいない。データのサイズが世界で圧倒的だ。そうしたビッグデータは人工知能(AI)の機械学習に使える。中国がAI革命をリードし、方向付けることになる」という。米国人のパネリストは「中国はコピーばかりしているというステレオタイプがあるが、そのうち変わるだろう」ともいう。しかし、「中国発のイノベーションは出てくるだろうか」と問いかけること自体が、まだ出てきていないことへの焦りに聞こえる。

さらに司会者は、「改革開放から40年だが、成長のスローダウンのプレッシャーも感じる。このまま続けられるのか。成長を支える才能ある人材がいるのか」と質問する。中国人のパネリストは「伝統的な経済と比べてデジタル経済は才能に依存している。しかし、まずはインフラストラクチャを整備してくれた事業者に感謝したい。それがなければ何も進まなかった」とだけ答える。米国人のパネリストは「中国はまだまだ規制が多い。ビジネスを始めようと思い立っても結局は準備に半年かかってしまう」とも指摘した。エジプト人のパネリストは「私はパニックになるなら早いほうが良い、そしてしばしばパニックになったほうが良いと言っている」と述べて、軌道修正が必要なら早く始めたほうが良いとアドバイスした。

司会者は「デジタル技術は貧困対策に使えるのか」とも質問した。インフラストラクチャが整えば新たな機会が広がるという楽観的な見方も示される一方で、エジプト人のパネリストは、「情報技術(IT)で新しくビジネスを始められる点ではその通りだ。しかし、AIやブロックチェーンが低賃金労働者層を排除してしまうかもしれない。彼らの仕事を奪うかもしれない。中国は平等に投資しないといけない。ビジネスを効率化するとともに、教育と再教育に投資しなくてはいけない。才能ある人材がとても重要だ。これが本当の核心だ。新しい貧困が生まれないようにしなくてはいけない」と釘を刺した。

烏鎮は、中国人のノスタルジーを刺激する昔ながらの風景を示すとともに、最先端のITを誇示する場所でもある。世界インターネット会議の横では「インターネットの光博覧会」が開かれていた。アリババやテンセントなど中国を代表する企業や新興スタートアップが製品やサービスを展示していた。

しかし、やがて必ずやってくる低成長経済と高齢化社会の影に追われながら、できるだけ今のうちに高いところに駆け上り、底辺の人民を引き上げたいというのが中国の指導者たちの本音だろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story