コラム

外交の長い道のり──サイバースペースに国際規範は根付くか

2018年10月26日(金)17時50分

国際規範作りは意味があるのか

こうした新しい活動に共通しているのは国際規範作りである。規範が国際政治の中で果たす役割については批判の余地がある。規範の遵守を呼びかけることはできても、それに従わないアクターに有効な制裁が加えられなければ守られることはないだろう。

例えば、戦争犠牲者を保護するためのジュネーブ条約のような既存の国際法を敷衍すれば、当然、民間部門や民間人への攻撃は禁止されるべきだが、サイバー攻撃は(その手法が国際法でいう攻撃にあたるかどうか議論があるとしても)公然と民間企業や民間人に対して行われている。ソフトウェア大手のマイクロソフト社は、「デジタル時代を見据えたジュネーブ条約が求められている」とし、一民間企業でありながら国際条約を提唱しているが、条約交渉への具体的な動きは見えていない。

現状の荒れ狂うサイバー犯罪、サイバーエスピオナージ(スパイ活動)、サイバー攻撃の横行を見るに、筆者は国際規範がどれだけ効果を持ち得るかやや疑問に思っている。

しかし、筆者の問いかけに対して、サイバーセキュリティの規範作りに携わる外交官の一人は、電子メールで以下のように答えた。「基本的には、これまで国連のGGEでも規範の創設のために議論を重ねてきており、現行の国際法がサイバー空間に適用されることは重ねて確認されてきているとはいえ、ある種、法が欠缺している部分というのは国際法はどの分野にもあり、そのような分野について埋めていく作業(将来的には慣習法となり、確認的に法典化されるべき)は淡々と行っていくべきもの」だという。そして、迂遠な作業だとしても「どのような規範がありえるかを特定する作業は、それなりに専門家による知的な営みであり、仮に強制力がない規範であるとしても(それは得てして「国際法」の世界にはよくありがちなもので)、やはり『その行為はこの規範に照らしてよくない』といえることは大きな力を持ち得る」と指摘している。

サイバー問題をめぐる外交は始まったばかりである。人類が海洋を使い始めてから途方もない年月が経っているにもかかわらず、国連海洋法条約が発効したのは1994年のことである。そして、発効してから20年以上が経過してもそれが守られていないことは、東シナ海や南シナ海を見ても明らかである。

外交の歴史の常識からいえば、サイバースペースをめぐる国際規範が認められ、国際条約が成立するまでにはまだまだ時間がかかる。各種の会議は、ただ集まって会議をすることが目的化するのではなく、現状に即した、中身のある国際規範を提案できなければ意味がない。武力によらず、サイバースペースの問題を解決できるかどうかが、政府と民間の両方による外交にかかっている。

こうしたサイバースペースをめぐる外交が成果をあげることができれば、情報通信産業にかかわる企業や一般の利用者にとってもメリットは大きい。GCSCが目指しているところは「サイバースペースの安定」であり、世界中の誰もが安心してサイバースペースを利用できるようにすることである。こうした取り組みは、平和国家としての日本が積極的に取り組むことができる分野でもある。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ミランFRB理事の反対票、注目集めるもFOMC結果

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結

ビジネス

前場の日経平均は反発、最高値を更新 FOMC無難通

ワールド

ガザ情勢は「容認できず」、ローマ教皇が改めて停戦訴
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story