コラム

プーチンが語る「デジタル・フリーダム」

2018年07月12日(木)15時00分

ロシアのサイバー外交

意外かもしれないが、世界で最もサイバー外交を推進しようとしているのはロシア外務省である。その中心人物はロシア外務省の無任所大使でサイバーを担当するアンドレイ・クルツキフである。各国でサイバー担当大使が任命されているが、おそらくクルツキフは最も長くそのポジションにあり、国連総会第一委員会に設置されてきたサイバー政府専門家会合(GGE)をリードしてきた。クルツキフ大使はこの会議で登壇はしなかったものの、会場の前列で議論を静かに見守っていた。

常に我々が混乱させられるのは、プーチン大統領やクルツキフ大使、ロシアの研究者や財界人たちが発する言葉と、さまざまな事件で報じられるロシアの悪者ハッカーたちの行動とのズレである。

結局のところ、我々が想像するほど国家統制は取れていないか、あるいは、意図的に情報が分断されていて、自国政府の他部門が何をやっているか知らないということだろう。それぞれの分担で目的を追求しており、それらが調整・統制されていないため、外から見ている我々を混乱させる。

ロシアン・ハッカー

四つ並行して開かれた分科会の一つではサイバー犯罪にどう取り組むかという点が議論されたが、最後に司会者がズベルバンクの幹部に質問した。「『ロシアン・ハッカー』という言葉は、ニュースを読んでいる人たちにはなじみの言葉になっている。ズベルバンクは国内外のパートナーと協力関係を構築しているが、どうやって信頼を勝ち得ているのか」と尋ねた。

これに対し、ズベルバンクの幹部は、「ロシアン・ハッカーとは実態の問題ではない。言語学の問題だ。ロシアン・ハッカーとはアメリカン・カウボーイみたいなものだ」と答えた。アメリカ人のほとんどはカウボーイではないにもかかわらず、アメリカ人はカウボーイ的な言動を取ると見られているように、ロシア人は皆が悪いハッカーのように描かれてしまっているが、それは実態のないものだという。

ズベルバンクがこの会議のスポンサーになったのは、前述のように、金融機関として自らがサイバー犯罪の対象になっていることを自覚しているからである。おそらくはロシアの軍事技術もサイバーエスピオナージ(スパイ活動)の対象になっているだろうが、民間部門では金融機関が狙われている。バイ・ゾーンのサマルツェフCEOも、悪者ハッカーたちの狙いは個人データに移ってきており、これをどう守るかがロシアの課題だという。

当たり前だが、ロシア人が全員悪人というわけではない。米ソ冷戦の名残から、我々はソ連とその遺産を継承したロシアが悪の帝国だというイメージを抱きがちである。政治的・経済的な体制が米国や日本と違うことは確かだが、真っ当にビジネスをやろうという人たちもいる。

しかし、ロシアは特に外国からの侵略に必要以上に怯える体質を持っている。ロシアが外国に対して積極的にサイバー作戦を展開している以上に、自分たちが攻め込まれているという感覚を持っている。そこにパラノイア的なロシアの態度の源泉があるのだろう。

プーチン大統領は得意のアドリブを入れることなく、用意された原稿を読むだけで、足早に会場を去った。彼の本心を聞けたという感覚が持てなかったのは残念だった。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

グーグル、米テキサス州に3つのデータセンター開設

ワールド

インド、デリーの車爆発事件でカシミール住民逮捕

ワールド

米当局、南部ノースカロライナ州で不法移民摘発開始

ワールド

中国船、尖閣諸島海域を通過 海警局が発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story