コラム

AIはだませる?──サイバーセキュリティにAIを使う期待と不安

2018年07月02日(月)16時30分

五分五分の確率で第三次世界大戦

しかし、ペトロフ中佐はおかしいと思った。なぜ米国は、たった五発しか撃たないのか。本当の奇襲は大規模でなくてはならない。ソ連を地上から抹殺しなくてはならない。ペトロフ中佐はレーダーの担当者に連絡を取った。ミサイルが本物ならレーダーに映るはずである。しかし、レーダーには何も映っていなかった。

彼は、確率は五分五分だと考えた。彼は上官に電話をする義務がある。しかし、彼がそうすれば、第三次世界大戦が始まる。彼は電話をかけ、「早期警戒システムが誤動作している」と上官に伝えた。

彼は正しかった。米国からソ連への攻撃はなかった。

雲の一番高いところに反射した日光が、ソ連の衛星システムに間違った警報を出させたことが後に分かった。人間が自動システムの間に入っていたことで、第三次世界大戦は起きなかったことになる。

ペトロフ中佐がいなかったら

ペトロフ中佐がいなかったらどうなっていただろうか。彼の代わりに人工知能(AI)のアルゴリズムが判断していたらどうなっていただろうか。アルゴリズムは躊躇せずに反撃の核ミサイルを発射させていたのではないか。

おそらく、AIの研究者は、それもまた深層学習で克服できるというだろう。しかし、人類の戦争のデータはそれほど多くない。学習すべきデータが小さすぎる。

もちろん、戦争をほとんどの人は望んでいない。しかし、愚かにも人間は意図的に戦争を始める生き物でもある。

アイザック・ニュートンは「私は天体の動きを計算することはできるが、人間の狂気を測定することはできない」と言ったという。愚かな人間が戦争を始める可能性、間違ったシステムが戦争を始める可能性、これらをAIの時代に追求するのはまだ難しいのではないだろうか。

まして、サイバー攻撃に関して言えば、核ミサイル攻撃よりもはるかに敷居が低くなっている。サイバー攻撃のためのクリックを躊躇せずに押してしまう人たちがたくさんいる。

発展するイスラエルのサイバー産業

常に紛争に巻き込まれる可能性を意識している国の一つがイスラエルである。イスラエルのテルアビブ大学は毎年6月にサイバーウィークという大きなイベントを開いている。2018年は、主催者発表では9000人以上の参加者、400人のスピーカーが集まったという。

tuchiya01a.jpg

テルアビブ大学で開かれたサイバーウィーク

厳しいセキュリティチェックの後、ぎっしり詰まった聴衆の前でベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イスラエルのサイバーセキュリティ産業は大きく飛躍中だと述べた。2017年の輸出額は38億米ドル(約4180億円)、2017年の投資額8億1500万米ドル(約900億円)、サイバーセキュリティ企業の数420社、国際研究開発センターの数50だという数字を並べた。

そして、南部の都市ベエルシェバに建設中のサイバーセキュリティ複合施設についても自慢げに紹介した。有力大学として知られるベングリオン大学と駅を挟んで広がる広大な施設に研究開発のためのビルが建ち並び始めている。私たちがここを訪問したときは、三つのビルが建ち、さらに二つが建設中だった。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 2
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 3
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった...「ジャンクフードは食べてもよい」
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「豊尻」施術を無資格で行っていた「お尻レディ」に1…
  • 10
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story