コラム

ロシアでサイバーセキュリティが議論されない理由

2017年12月25日(月)13時20分

サイバーセキュリティはスパイの世界

このコラムでも何度も指摘してきたように、サイバーセキュリティの世界は各国のインテリジェンス機関、スパイ機関がしのぎを削る世界になっている。民間のサイバー犯罪者の割合もかなり大きいが、国際政治を揺るがすような大きな事件の背後には各国の政府機関がいるのではないかと疑われることが多い。

肝心の米国大統領選挙についての介入はどうなのか。ある研究者は、「どの国もやっていることだ。攻撃的にやっている。しかし、米国大統領選挙で取り上げられた数多くの点のすべてがロシアだとは思わない」という。そして、「米国政府が出して来た報告書に記載されているIPアドレスのほとんどはTORのもので、ロシアだとは認められない」ともいう。

そもそも、ロシアがこれまで出して来た各種の文書を読むと、サイバーセキュリティだけでなく、広く情報のコンテンツも含めた情報セキュリティに高度な警戒感を示している。ロシアは、インターネットが普及する前から何度もそうした外国からの情報による作戦活動にさらされており、ロシアが情報戦争を始めたわけではないという思いも根強く共有されている。そして、インターネットの普及によって、情報を効果的に規制できなくなってきた。さらに、外国発のコンテンツが容易にロシア国民に届くようになっていることもロシア政府の警戒感を高めている。

多くの人が共通して指摘したのは2008年のジョージア(グルジア)をめぐる問題である。日本や欧米の研究者たちは、ジョージアをめぐって行われた情報戦争と物理的な武力行使はロシアのハイブリッド戦争の走りだと見ている。ところが、ロシアからすると、ジョージアによる情報発信が効果的で、ロシアが情報戦争に負けたと認識しているという。そこからロシア政府の警戒感が一気に上がり、逆に積極的に情報を作戦活動に取り込むように変わったのだという。

注目のロシア大統領選挙

ロシアにとっての情報セキュリティの問題は、ロシアのボリス・エリツィン大統領と米国のビル・クリントン大統領の時代にまでさかのぼるという声もあった。つまり、ロシアから見ると1990年代の後半から長く続く情報戦争の一環として2016年の米国大統領選挙介入があり、何も新しいものではなかったということになる。それがどれくらい効果があったのかどうか見極めは難しいが、予想外にもドナルド・トランプ政権が成立してしまったことで、一気に注目されるようになっただけということになるのだろう。

そうすると、ロシアによると見られるサイバー作戦は、2018年にも引き続き行われると見るべきだろう。しかし、大きな見物となるのは、2018年3月に行われるロシアの大統領選挙である。12月6日、プーチン大統領は再選出馬すると表明した。ロシアにしてやられた各国政府がこれを黙って見過ごすのか、ロシアがどのような防御策をとるのか、注目に値する。


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png
プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米11月中古住宅販売、0.5%増の413万戸 高金

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で

ワールド

ガザ飢きんは解消も、支援停止なら来春に再び危機=国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 5
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 10
    中国、ネット上の「敗北主義」を排除へ ――全国キャン…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story