コラム

ハックされた世界秩序とサイバー・ドラゴンの台頭

2017年11月01日(水)18時00分

Larry Downing-REUTERS

<サイバー攻撃が世界秩序を揺るがし、変えてしまうと唱える二人の著者、『ハックされた世界秩序』のアダム・シーガル、『サイバー・ドラゴン』のディーン・チェンに話を聞いた>

雑誌『フォーリン・アフェアーズ』の発行で知られる米国ニューヨークの外交問題評議会(CFR)でサイバーセキュリティを研究するアダム・シーガルは、最近出版した著書『ハックされた世界秩序(The Hacked World Order)』で数々のサイバー攻撃の事例を紹介している。そして、それらが世界秩序をハックすることになっているという。サイバー攻撃が世界秩序を揺るがし、変えてしまうことになりかねないというのだ。

シーガルは7月31日に『ニューヨーク・タイムズ』紙でカタールをめぐるフェイクニュースにも言及している。UAE(アラブ首長国連邦)の支援を受けた者がカタール政府のニュース・サイトやソーシャル・メディアのサイトにサイバー攻撃をかけ、カタールの指導者がイラン、ハマス、イスラエルを賞賛しているという偽ニュースを発信した。それを信じた周辺諸国がカタールと断交した。

外交問題評議会のオフィスでシーガルにさらに話を聞くと、フェイクニュースは必ずしも新しいものではないという。昔からデマはさまざまなところで流されてきた。しかし、現代のデジタル・メディアを使ったフェイクニュースはスケールが違う。デジタル・メディアがなかった時代にはどこか新聞一紙が虚偽の記事を書いたとしても、他の新聞やテレビがそれを確認できなければ後追いすることはなかった。新聞記者は訂正記事を出すことを恐れている。外部からのプレッシャーだけでなく、新聞社内部からのプレッシャーも強いからだ。

しかし、デジタル・メディアではフェイクニュースが一気に拡散し、それを追いかける否定や訂正ニュースの力ははるかに弱い。ネズミとネコの追いかけっこのようなものでキリがない。ヒラリー・クリントン元米国務長官は、インターネットのコントロールはゼリーのようなもので、なかなかうまくいかないと指摘していたという。

政策課題としての位置が下がったサイバーセキュリティ

そして、ドナルド・トランプ政権になったことで、インターネットやサイバーセキュリティはもはや重要な政策課題ではなくなっているともいう。国連総会の第一委員会で議論していたサイバー問題の政府専門家会合(GGE)についても、トランプ政権は重要視せず、合意に至らなくても良いという態度だった。トランプ政権としては、欧州や日本など有志の国々と協力ができれば良いという。

【参考記事】米国大統領選挙を揺さぶった二つのサイバーセキュリティ問題

サイバーGGEを主導してきたのはロシアだったが、ロシアによる2016年の米国大統領選挙介入が明らかになったことで、ロシアに対する警戒感が高まった。ロシアとサイバーセキュリティで合意できることなどないという雰囲気もあるようだ。実際、米国政府は、ロシアのカスペルスキー・ラボが提供する製品・サービスを米国政府機関では使用禁止にした。2018年の中間選挙、2020年の次の大統領選挙をどう守るかという議論が米国政府内では始まっている。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、和平案の枠組み原則支持 ゼレンスキー氏

ビジネス

米9月PPI、前年比2.7%上昇 エネルギー高と関

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、10月は1.9%上昇 ローン

ビジネス

米9月小売売上高0.2%増、予想下回る 消費失速を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story