コラム

サイバー攻撃にさらされる東京オリンピック:時限法も視野に

2016年03月07日(月)16時45分

 BTは、オリンピックのウェブ・サイトの提供は別契約で行い、米国のコンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)大手のアカマイをパートナーにした。DDoS攻撃はアカマイで吸収し、ウェブの改ざんなどもここで対処し、キャッシュをすべてのコンテンツに対して作ることで、その他の潜在的なリスクに集中することができた。データとコンテンツを分散して持っておけば、一カ所がやられてもすぐに回復することができる。

 BTのオリンピック・チームは400人体制だったが、オリンピックはBTのブランドに関わるプロジェクトであり、実際には3〜4倍の人が関わったと見られている。結果的には、BTはオリンピックを通じてビジネス運用を学ぶことができたと自己評価している。非常に多くの攻撃が仕掛けられたが、成功したものはなかった。

官民連携

 BTだけですべて対処できたわけではない。その裏で官民連携も行われていた。それは、オリンピック後にCERT-UKを構成することになるCSIRT-UKとサイバーセキュリティ・オペレーション・センター(CSOC)を中心に行われた。関係者は情報共有のためのチームを組織し、ロンドン・オリンピック・パラリンピック組織委員会(LOCOG)に報告することにした。チームには内閣府、政府通信本部(GCHQ)、保安局(MI5)、内務省、警察中央電子犯罪ユニット(PCeU)、国防省に加え、通信事業者、ITベンダーなどが参加した。

 競技中は、主として夕方にDDoS攻撃が続いたという。最初は競技関連サイトが狙われていたが、成功しないことが分かるにつれて、法執行機関のサイト、多様な標的へと攻撃対象が移っていった。

 教訓としては、大きなイベントの最中はリスクに対する耐性が低くなるが、過剰反応をしないことが鍵になるという。また、変化する状況に応じて作戦態勢のスケールを上下できるようにしておく必要がある。

魅力的な攻撃対象としてのオリパラ

 オリンピックとパラリンピックは、世界で最も大きいイベントと2番目のイベントだといわれている。サッカーやラグビーのワールドカップもオリンピックには及ばない。したがって、悪者ハッカーたちにとっても魅力的なターゲットである。入場券販売に伴うクレジットカードなどの個人情報が狙われることもあるだろうが、それよりも政治的なデモンストレーション、経済的な被害、心理的なインパクトを狙うサイバー攻撃が企図されるだろう。

 日本にとっては5月の伊勢志摩サミットが大きな試金石になる。そして、今夏のブラジルのリオデジャネイロでのオリンピックも見逃せない。リオデジャネイロでのオリンピックはサイバー攻撃もさることながら、ジカ熱も大きなリスクになっている。物理的なテロ対策も含めて、治安当局にとっては大変な負担になっているはずである。そして、2018年には韓国の平昌で冬のオリンピックが開かれる。韓国は何度も北朝鮮からサイバー攻撃を受けている。北朝鮮選手団の参加状況にもよるが、警戒が必要だろう。

 2016リオデジャネイロ、2018平昌、2020東京と続く三つのオリンピック・パラリンピックは、大規模イベントにおけるサイバーセキュリティを決めることになるだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story