コラム

政府機関はテロリストの通信をどこまで傍受していたのか

2015年11月19日(木)17時03分

フランスのインテリジェンス機関

 パリのテロに関しては、犯人グループのひとりが軽犯罪で捕まった経歴があり、フランス政府の監視対象だったとする報道もある。一晩でフランスのフランソワ・オランド大統領が「イスラム国によるもの」と発表したことを考えれば、ある程度マークしていた過激派グループがあったということだろう。

 フランスには、対外治安総局(DGSE)、国防省下の軍事偵察局(DRM)、内務省下の 国内治安総局(DGSI)という三つのインテリジェンス機関がある。1月のテロに続いて今回のテロを防げなかったフランスのインテリジェンス機関には厳しい視線が注がれている。実際、1月の新聞社襲撃テロの後、フランス政府はフランス版愛国者法と呼ばれる法案を通し、通信傍受を強化していた。それにも関わらずテロが起きたことは大きな衝撃となっている。

 しかし、フランスのインテリジェンス機関は、これまで少なくとも6件のテロを未然に防いでいたともいう。テロを未然に防ぐというインテリジェンス機関にとっても成功事例は滅多に報道されることはない。それが防止されなかったらどれだけ大きな被害が出たかも知ることはできない。拡大された通信傍受手段をもってしてもフランスのインテリジェンス機関が無能なのか、あるいは、今回のテロが痛恨のエラーなのか、今のところははっきりしない。

 米国の例を見れば、9.11テロにもかかわらず、NSAその他のインテリジェンス機関は責任を問われることなく、むしろその規模と権限を拡大させ、スノーデンが許容できないと思うほど積極的に通信の監視をしていくことになった。

 フランス政府が今回のテロを受けてインテリジェンス機関を罰するとも思えない。ここで責任者を罰し、組織解体でも行おうものなら、今あるインテリジェンス能力を著しく低下させ、フランス国民をより一層危険にさらすことになりかねない。インテリジェンス機関を縮小するには、真の平和な時代の到来を待たなくてはならない。

スノーデンはテロを助長したか?

 スノーデンがインテリジェンス機関の手法を暴露してしまったために、テロリストたちはコミュニケーションの取り方を変えてしまい、インテリジェンス機関がテロリストたちの通信を捕捉するのが難しくなったとする批判もある。実際、今回のテロリストたちはソニーのゲーム機PS4を使っていたのではないかという報道もあった。(※その後、誤解であることが判明)

 スノーデンの暴露を手伝ったジャーナリストのグレン・グリーンウォルドは、スノーデンの暴露はテロとは関係ないと一蹴する。なぜなら、スノーデンが暴露したのは2013年であり、2003年のマドリード、2005年のインドネシアのバリ、2007年のロンドン、2008年のインドのムンバイなどのテロはスノーデン暴露以前に起きているからだという。

 しかし、スノーデンの暴露後、暗号通信の量が確実に増えてきているという指摘もある。メッセージが暗号化されていれば、途中で傍受しても解読に時間と手間がかかる。数時間後のテロについての通信を解読するのに数年かかったら意味がない(後の犯人逮捕には貢献するかもしれないが)。

 あるいは、アップルは、利用者のプライバシー確保のために、暗号化されたiPhoneを第三者がアンロックするのを不可能にするという措置をとった。途中で傍受しにくいなら、端末にアクセスしてメッセージを読むという手法もあるが、端末そのものが高度に暗号化されるようになれば、同じく時間と手間がかかるようになる。

信頼できる政府を維持する

 安全とプライバシーのバランスをとるべきだと主張するのは簡単だが、テロの被害者たちやその家族たちからすれば無念だろう。しかし、政府が何もかも監視する社会を歓迎することもできない。突き詰めれば、濫用のないセキュリティ対策をとると信じるに足る政府を、我々がいかにして持てるかということになる。政府が明らかな権力の濫用を犯したと我々が認めたとき、交替させる力を持つ民主主義体制の維持だけは、譲れない線になる。

 本気でテロを起こそうとする人たちがいる限り、100%の安全は期待できない。彼らは新たな手法を使ってくるだろう。守る側もそれに合わせて対応を高めていかなくてはならない。残念ながらこの競争からは逃れられない。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送フーシ派がイスラエル攻撃、イエメンの親イラン武

ワールド

再送-UAEのアブダビで5人負傷、火災も発生 ミサ

ワールド

タイ新政権、来週発足へ アヌティン首相が表明 

ビジネス

中国の大手国有銀3行、25年の利益ほぼ横ばい 不動
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 2
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?...「単なるホラー作品とは違う」「あの大作も顔負け」
  • 3
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のSNS動画が拡散、動物園で一体何が?
  • 4
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 9
    ウィリアム皇太子が軍服姿で部隊訪問...「前線任務」…
  • 10
    「酷すぎる...」ショッピングモールのゴミ箱で「まさ…
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 9
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下…
  • 10
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story