コラム

ベルリンはロックダウンによる「文化の死」とどう戦うのか?

2021年01月13日(水)17時10分

文化産業の隆盛

過去数年間でベルリンは、ヴォーヴェライト前市長が言ったほど貧しくはなくなった。文化経済やクリエイティブ産業は成長し、世界にその名を轟かせるクラブ文化や、年間400を超える文化やテック系イベント、そして豊かな文化的生活は、若くてヒップな都市としてのベルリンのイメージを定着させた。

これは、スタートアップや若い起業家だけでなく、世界からの観光客も魅了してきた。ベルリンの文化基盤は、地元のホテル、観光および小売りのために14億8,000万ユーロ(約1,885億円)の収入を生み出してきた。

連邦政府の報告によると、ドイツの文化およびクリエイティブ産業は、2019年に1,700億ユーロ(約21兆6千億円)の売上高を生み出した。この中には40億ユーロ(約5,084億円)を売り上げるドイツの基幹ビジネスのひとつであるメッセ業界も含まれる。ドイツの経済売上高全体に占める文化産業の位置は、自動車産業と機械工学産業に次いで第3位である。

連邦統計局によると、ドイツでは120万人が文化産業に従事している。これらの多様な仕事は、自動車産業などの寡占構造とは異なり、無数の小さなクラスターによって成り立っている。そこには出版、映画、音楽、演劇、放送、建築、デザイン、ソフトウェア、ゲーム開発などが含まれている。そこで働く人々は、フリーランサーやアーティストを含む、従来の産業雇用構造とは非常に異なる分野に属している。

しかし今、コロナ危機は仕事や経済のみならず、都市そのものを変えつつあり、いくつかの文化は失われる可能性があり、また別なチャンスの可能性もある。2021年、ドイツ、ベルリンで計画されている主要な文化イベントには、コロナ禍の時代を生き抜く文化芸術の再生に向けた強い意志が反映されている。

映画館の危機とロックダウン映画

ドイツの映画館は、クリスマスの直前に行われた最新のロックダウンによって絶滅に向かっている。ドイツ映画館連合(HDF)の代表であるクリスティーン・バーグは、「私たちは今年、約10億ユーロ(約1,268億円)の損失を抱えて閉館することになるだろう。私たちはそれに対応することはできない」と述べた。

ベルリン国際映画祭(ベルリナーレ2021)の主催者は、2度のロックダウンを考慮して、予定されていた2月には開催しない決定を下した。代わりに、3月にデジタル映画業界が集まり、業界専用のオンライン映画上映と欧州フィルム・マーケット(EFM)だけが開催される。6月以降、映画館での上映が予定されている。

映画はいわば現実逃避の一形態である。ストリーミングされた映画は、パンデミックの中で、私たちが心の平穏を見つけることができるインターネットの数少ない領域のひとつだった。映画産業は深刻な打撃を受けたが、映画は新たな視聴形態である「ロックダウン映画」を通じて、私たちの「ニューノーマル」に突入した。

ローマやミラノの映画館は、数百台の車のためのドライブイン・シネプレックスを用意した。マドリッドやベルリンでは、人々がバルコニーから映画を体験できる移動シネマが登場した。リトアニアの首都ヴィリニュスの空港は、現在、巨大なドライブイン映画館を収容している。

takemura0113_6.jpg

Window Flicksは、コロナ危機の際にベルリンの映画館を支援することを目的とした文化プロジェクト。彼らのビジョンは、安全なコミュニティ体験としての映画を提供し、ベルリンの文化事業者を支援すること。写真はアパートの壁に上映されたヴェンダースの『ベルリン天使の詩』。©Window Flicks

アパートの壁がスクリーンになり、近隣住民たちが共有する映画体験は、人々に自己隔離中の一体感を与えた。「ロックダウン映画」は、映画館が閉鎖されても、多くの人々が同時に視聴し体験するという、映画の本質を呼び戻したのである。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story