トランプが始めた、アメリカ民主主義を作り変える大実験の行方
A Trump's Experiment
関税より根深く、影響を残すトランプの政策
実はもう一つ気にかかる点は、トランプ氏がDEIを放棄したことだ。DEIこそアメリカの自由と民主主義の象徴だ。回りくどい話になるが、アメリカの自由はイギリスのホッブズ、ロックの自然権が説くあの慎ましやかな自己保存の権利から始まり、海を渡り独立宣言で幸福追求権にまで拡張された。信教の自由を求めてアメリカに渡ってきた人たちの世俗な自由の根源に欲望の解放、開花があった。市民法を欲望の体系といったのは19世紀のドイツ人哲学者ヘーゲルだが、欲望の解放、開花を抵抗なく肯定できるのは、「尊厳を有する人」への信頼と自信に他ならない。
民主主義社会は、尊厳を有する人の平等によって成り立つ。LGBTQやその他のマイノリティーが偏見や差別によって苦しめられることから解放されなければならない。DEIは公正な社会の在り方としてそのことを象徴的に表現している。彼らに関し、偏見も特権もあってはならない。それがアメリカの自由と民主主義の到達点だったはずだ。
だが、トランプ氏はこのDEIを放棄するという。トランプ政権は、アイビー・リーグの大学への補助金の支給を留保し、大学の内情を調査しているという。その理由が反ユダヤ主義だと言われている。よくよく聞けば、イスラエルのガザ攻撃に対する反対デモが学内であった、という程度のことらしい。少なくとも現時点ではその程度のことしか分かっていない。学内のデモを取り締まれば、補助金の支給を再開するとでもいうつもりだろうか。馬鹿げた話だ。
イスラエル(ユダヤ人)にだけ肩入れすることは多様性(diversity)を欠く。それを補助金の支給打ち切りをちらつかせて行うことは公平(equity)な処置ではない。そうしたデモを包摂する(inclusion)ことこそがアメリカの魅力だったはずだ。アイビー・リーグの関係者がマッカーシー旋風以来ことだと危機感を募らせていることもよく理解できる。
DEIは民主主義的な意思決定に基づく政策選択の問題に尽きるものではない。それはアメリカがかつて苦しみ、内戦(南北戦争)にまで発展した奴隷制度の廃止が単なる政策選択の問題でないのと同様である。DEIは政策に関する党派の論争からは中立的だ。DEIの放棄は、アメリカの自由と民主主義をひどく傷つけるだろう。その意味において、民主主義そのものが実験されている。この実験は、トランプ氏の関税政策ほど耳目を集めないかもしれないが、実はもっと根深く、その影響を後世に残すだろう。