最新記事
シリア

新生シリアはどんな道をたどるのか?中東専門の政治学者が語る「アラブの春」の5つの教訓

Five Lessons for Syria

2025年2月5日(水)18時30分
ロバート・クビネック(サウスカロライナ大学政治学助教)
新生シリアはどんな道をたどるのか?中東専門の政治学者が語る「アラブの春」の5つの教訓

今年1月にシリアの首都ダマスカスで行われた元亡命歌手のライブで新しい国旗を掲げる観客 AP/AFLO

<なぜ「アラブの春」は多くの国々で失敗に終わったのか。教訓を生かせば、新生シリアは安定と繁栄の道に進める>

昨年12月8日、シリアのバシャル・アサド大統領が失脚し、14年近く続いた内戦がようやく幕を閉じた。安堵した人もいただろうが、実はこの時から神経がすり減る試練の日々が始まった。新生シリアはこれからどんな道をたどるのか。

独裁体制の崩壊はこの国の人々に輝かしい希望と底知れぬ不安をもたらした。

シリアが抱えるジレンマは、他のアラブ諸国が10年以上前に経験した葛藤に似ている。2010年12月にチュニジアで起きた抗議デモをきっかけに、「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が中東全域に広がり、独裁政権が次々倒れた。


エジプトやチュニジアは一時期にせよ民主的な体制に移行できたが、イエメンやリビアやシリアは内戦状態に陥った。なぜ「アラブの春」は多くの国々で失敗に終わったのか。

中東専門の政治学者である筆者はこの問いを研究テーマに据え、そこから5つの教訓を引き出した。シリアが安定した民主国家に移行するには、「アラブの春」がもたらした苦い教訓が役立つはずだ。

◇ ◇ ◇


1. イスラム主義組織にも民主的な統治は可能

シリアの首都ダマスカス制圧を主導したシャーム解放機構(HTS)はもともとは国際テロ組織アルカイダの分派だった。今は穏健路線を取っているが、いつまで続くかは分からない。

アフガニスタンのタリバンのように、イスラム主義の政権はイスラム法の狭い解釈に基づく統治を行う──多くの人がそう思っているが、そうなるとは限らない。

例えばチュニジアのイスラム政党「アンナハダ」は、11年に長期独裁政権が崩壊した後、制憲議会選挙で圧勝して第1党となった。だがイスラム法に基づく統治は目指さず、非イスラム政党と協力して民主的な憲法の制定に力を尽くした。

エジプトでも、同年にホスニ・ムバラク率いる長期政権が倒れ、かつての非合法組織「ムスリム同胞団」が公正なやり方で民主化への移行を成し遂げた(ただし、政権運営にはつまずいたが)。

newsweekjp20250204030337-7f4d8b575a56d36b3bffdc3da3c8fcce7aa8106d.jpg

2011年2月エジプトでムバラク失脚を祝う群衆 AMR ABDALLAH DALSHーREUTERS

もっとも、イスラム主義から穏健派への転向は既定路線ではない。トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領のように、一度は掲げた民主化推進の旗を、政治的な都合で平然と投げ捨てるイスラム主義の政治家もいる。

イスラム主義の政治家も世俗的な政治家と同様、選挙に勝つためには穏健派の仮面も着ければ、強い指導者のイメージを打ち出しもするのだ。

シリアに民主主義が根付くには、暫定政権を主導するHTSが穏健路線に徹する必要がある。徹するかどうかは彼らの判断次第。民主的な統治か権威主義的な統治か、どちらが組織の拡大強化につながるかてんびんにかけるだろう。

2. 汚職一掃が急務

「アラブの春」もシリアの反政府運動も、一つにはコネがものをいう商取引に人々の怒りが爆発したことが原因。シリアでは、アサドの親族や取り巻きが携帯電話事業などうまみのあるビジネスを独占していた。

こうした悪しき慣行を一掃して、公正な競争を保証することが急務だ。チュニジアでは既得権益を貪っていた企業が、投資と成長を妨げると主張して腐敗一掃のための改革に頑強に抵抗した。

だが実のところこうした岩盤企業の存在こそが中東の多くの地域で経済成長を妨げている。

内戦中に国外に逃れたシリア人の中には有能な実業家が多くいる。新政権が縁故主義を断ち切れば、彼らが帰国して新規事業を立ち上げ、イノベーションが進むだろう。

3. 政党間の活発な議論

シリアの新政権が成立したら、まずは憲法など基本的なルールを定める必要がある。このプロセスにはこれまで反政府運動を担ってきた各派が参加することになる。主義主張は多様だが、打倒アサドで共闘してきただけに合意形成は比較的容易かもしれない。

しかし足並みをそろえようとするあまり、議論を戦わす重要性を見失ってはいけない。

チュニジアではイスラム政党が非イスラムの政党と連携して統治を行おうとしたが、互いの主張の擦り合わせに終始し、若年層の失業など国民が日々直面している深刻な問題に対処できなかった。

その結果、政治不信が広がり、投票率が低下するなか、強権支配に傾いていたカイス・サイード大統領は21年7月、国会の機能停止を宣言。強いリーダーを求める国民はこれを熱狂的に支持した。

こうした事態を避けるには、強固な支持基盤を持ち、議会で実りある政策論議を展開できる政党を育てねばならない。シリアの各派は戦闘経験は積んでいるが、ビジョンや政策を打ち出して選挙戦を戦うことはほぼ未経験だ。

こうした地道な活動が民主主義が機能するための土台となる。

4. 官僚機構の改革

エジプトではムバラク政権崩壊後も多くの政府機関がそのまま存続し、後に強大な権限を行使して改革に抵抗。民主化を大きく後退させた。

シリアではHTSが前政権の高官を追放する一方で、下位の公務員を残す形で既に改革に着手している。だが官僚に説明責任を果たすよう指示できるのは、選挙で選ばれた指導者だけだ。

民主的な国々が実務的な支援を提供すれば、シリアの新政権は迅速に組織改革を行える。こうした支援はシリアの民主化移行を成功させる大きな力になるだろう。

5. 文民統治の確立

過去の経験から、シリアの新政権が倒れるとすれば、軍部の動きがその引き金となるとみていい。エジプトでは軍部がひそかに非イスラムの野党を支援し、クーデターを決行してムスリム同胞団系の政権を倒した。

近年の研究によれば、兵士の給与や装備の拡充に必要な資金を十分に提供すれば軍部の不満や不穏な動きを抑えられるという。

だが文民統制の確立も同様に重要だ。軍隊は文民である政治家の統制下に置かれる──この原則は厳格に守られなければならない。

◇ ◇ ◇


政権移行は非常に複雑なプロセスであり、安易な予測を許さない。それでも「アラブの春」の希望と挫折、その後の「冬」を経験した国々の教訓に学べば、シリアの新政権は手痛い代償を伴う政治的な失敗を避けられるだろう。

とはいえ究極的にはシリアの運命を決めるのはシリアの人々だ。アサドの独裁体制を生き延びた人たちが、この国の進むべき道を決める。

The Conversation

Robert Kubinec, Assistant Professor of Political Science, University of South Carolina

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



ニューズウィーク日本版 トランプ関税大戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月15日号(4月8日発売)は「トランプ関税大戦争」特集。同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザの医薬品が極端に不足、支援物資搬入阻止で=WH

ビジネス

中国、株式に売り越し上限設定 ヘッジファンドなど対

ビジネス

ステランティス世界出荷、第1四半期は前年比9%減の

ワールド

香港最大の民主派政党、中国が解散迫る=関係者
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 3
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた考古学者が「証拠」とみなす「見事な遺物」とは?
  • 4
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 5
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 6
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 7
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助…
  • 8
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 9
    右にも左にもロシア機...米ステルス戦闘機コックピッ…
  • 10
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 9
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 10
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中