「インドの民主主義は死んでいない」モディとBJP一強時代の終わり、圧倒的なリーダーの存在がアキレス腱に
Modi's Power Has Peaked
BJPに潜む自滅の種
旧植民地国家では、その国を独立に導いた政党が特別な正統性を享受することが多い。だが、歳月がたつにつれて、その歴史的偉業は忘れられていく。
メキシコのPRIしかり、南アフリカのアフリカ民族会議(ANC)しかり。インドの国民会議派も同じ運命をたどった。国際情勢に起因する国家的な危機(経済危機や戦争など)も、長年支配的だった政党の衰退につながる。
ただ、多くの支配政党は、権力の座に長く居座るほど、内側から腐っていく。フランスの政治学者モーリス・デュベルジェはかつて、支配政党は「権力を握ることで疲弊し、活力を失い、動脈が硬化する」と言った。
「全ての支配は自滅の種を内包している」
BJP政権が長期化するほど、党内で自滅の種が芽を吹き始めた。なにしろBJPの決定的な強みはモディだけだ。国民会議派にもかつて、インディラ・ガンジー首相という他を圧倒するリーダーがいた。
モディとガンジーの人気は、それぞれの党の人気をはるかに上回っていた。
こうした圧倒的なリーダーの存在は、むしろ党にとってアキレス腱となる。BJPの場合、モディへの権力集中と党内民主主義の衰退、そして連邦政府に追従しない地方政府のリーダーたちが「自滅の種」となってきた。
野党から離反者を取り込もうとしたことも、BJP内の足並みが乱れ、日和見主義者が増える結果をもたらした。
モディ支配下で、野党議員の強制的な引き抜きは汚職の罪を問わないことを「餌」にして行われた。そうは言っても引き抜かれた議員が改心して清廉潔白になるわけではない。
残念ながら腐敗は今も政治をむしばんでいる。BJPは前々回の14年の総選挙で腐敗撲滅を打ち出して勝利したが、今年4月の世論調査では「前回の総選挙以降に汚職が増えたと思う」という回答が55%を占めた。
目先の利益に釣られて入党したくら替え組が、元からいる人間を押しのけて党の要職に就けば、党に忠実な古参はやる気をなくす。
「国民会議派から解放されたインド」をスローガンにしてきたBJPが、国民会議派の党体質に染まるのは時間の問題だった。
「勝利の技は敗北から学ぶ」というが、BJPはその逆だ。選挙で勝つたびに、批判の封殺や宗教的少数派の排除といった党の戦略は正しかったと見なされた。
自信過剰は「何をやっても許される」という勘違いを生む。その危うさを裏付けるように、インドの情報機関が北米でモディ批判者を黙らせようと暗躍しているという疑惑が浮上した。