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戦場ウクライナの日本人たち

ウクライナ戦場で勲章を受けた日本人「BIGBOSS」...48時間の「脱出劇」

JAPANESE IN UKRAINE

2024年6月7日(金)13時50分
小峯 弘四郎(フォトジャーナリスト)

Bさんは最初に落ちた穴からはい出て、そのまま匍匐(ほふく)前進で近くにあった瓦礫の山に身を隠し、足に止血帯を巻いた。敵陣地の中でろくに動くこともできず、誰か助けに来てくれないかと願ったまま、気絶してしまった。

気付いた時、辺りはまだ真っ暗だった。朝4時ぐらいで、明るくなると敵ドローンに見つかる。7~8メートル離れた場所に敵兵が身を隠していたらしいスペースを見つけ、匍匐前進でやっとそこにたどり着いた。自分がたどった地面に血の跡ができているのを見た後、また気を失った。

午前11時頃、今度はウクライナ軍の砲撃で目が覚めた。砲撃はどんどん激しくなり、近くで応戦しているロシア兵の声が聞こえ、前進しているのが分かった。今の自分は敵陣地の真っただ中で武器もなく動けず、気絶と覚醒を繰り返している。手榴弾で自決することも考えた。周囲には敵か味方か分からないドローンが飛んでいたことだけを覚えている。

その状態が続き、気付けば翌日になっていた。「どうせ死ぬならやれることをやってから死のう」と思い、まずは戦術式呼吸(編集部注:腹式呼吸法の一種)で気持ちを落ち着かせ、水の代わりに自分の尿を飲んで渇きを癒やした。

戦況を見定めつつ、最良の脱出ルートを考えた。夕方5時頃になると、空の色が変わり始めて視力が落ちる。ドローンにも発見されにくいので、その時間に脱出を始めた。

防弾ベストなど全ての防具を外し、防弾メガネ、ナイフ、手袋だけで雪の中を匍匐前進でロシア軍の陣地から出た。瓦礫で音を立てないようにと慎重に、20メートル進むのに2時間かけた。ドローンの音がするたびに動きを止め、やり過ごしたらまた少しずつ進む。

しばらく進むと塹壕を見つけたが、周囲には地雷がたくさん埋まっている。Wi-Fiアンテナもあったので、確実に敵がいる。迂回すると、今度は機関銃が配備されている敵の拠点に行き着く。それで仕方なく再び来た道を戻る......。

雪が積もる12月、気温はマイナス10度。来た道を戻る時に何度も気絶した。日本での楽しかった思い出が走馬灯のように頭に浮かび、そのまま気絶する。また起きて少し進んでの繰り返しだった。

頭の上を砲弾が行き交うなか、少し行ったところに小屋を見つけ、ウクライナ兵がいると思い、「ウオーター、ウオーター」とうめき声を上げたら、ロシア語が返ってきた。さすがにもう捕まるのを覚悟してそのまま気絶したが、なぜかロシア兵は構うことはしなかった。何が起こっているか理解できなかったのだろう。

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