最新記事
アカデミー賞

アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

The Director’s Speech

2024年4月25日(木)18時48分
北島 純(映画評論家、社会構想大学院大学教授)
スピーチ

明瞭かつ説得力あるスピーチで聴衆を感動させたチェルノフ監督(左から3人目) TRAE PATTON ©A.M.P.A.S.

<アカデミー賞を受賞したのに欠席、あるいはただ英文原稿を読み上げる日本人監督に対して、出色だったのは『マリウポリの20日間』のミスティスラフ・チェルノフ監督>

岸田文雄首相は4月10日にホワイトハウスで開かれた公式晩餐会で、「多くの豪華なゲストに息をのんだ。妻の裕子は『誰が主賓なのか見分けるのが難しい』と言ったが、大統領の隣席に案内されたときは正直安堵した」という冗談を飛ばした。

アメリカの国家元首を前にした大胆なジョークに会場は笑いに包まれた。SFシリーズ「スタートレック」のせりふも引用したユーモラスな内容だけでなく、白い歯を見せる笑顔、ジョー・バイデン米大統領に送る視線といった振る舞いの余裕も含めて、日本の首相による英語スピーチとしては出色の出来栄えだった。

攻めすぎると滑るが、慎重を期すとつまらない。それがスピーチの難しさであり、面白さでもある。3月10日にロサンゼルスで開催されたアカデミー賞授賞式でも、「主役」は受賞者のスピーチだった。

『君たちはどう生きるか』で、鈴木敏夫プロデューサーと共に長編アニメーション賞を受賞した宮崎駿監督は式典を欠席し、壇上でスピーチを代読する者もいなかった。2003年に『千と千尋の神隠し』が受賞した際と同じ対応だ。

日本アニメを世界にアピールする千載一遇の好機を逃したとも言えるが、宮崎監督ならではの含羞はもはや筋金入り。13年の記者会見で表明した引退宣言を翻意して本作品を作ったことを考えると、公の場に姿を見せないのは仕方ないとも思えるが、やはりアカデミー賞の舞台で自らオスカー像を手にする宮崎監督を見たかった。

では、『ゴジラ-1・0』で視覚効果賞を受賞した山崎貴監督のスピーチはどうだろう。映画『スターウォーズ』と『未知との遭遇』を見た衝撃が出発点だったことを明かし、ロッキー・バルボア(映画『ロッキー』の主人公)のチャレンジ精神をたたえ、VFXクリエーターを鼓舞する内容は、スティーブン・スピルバーグ監督やアメリカ映画への敬意にあふれていた。

しかし壇上で山崎監督は、「原稿用紙に穴が開く」ほど下を向き、最後まで英語を読み上げることに専念。降壇の時間が近づく焦燥の中で英語は早口になり、聞き取りづらくもなった。脇から小声で「大丈夫、大丈夫」と励ましたかと思えば「早く、早く」とせかしていた渋谷紀世子VFXディレクターの「余裕」を共有できなかったものか。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウーバーもトランプ氏就任基金に寄付、CEOと10

ビジネス

日産とホンダ、持ち株会社設立に向け協議=関係者

ワールド

トランプ氏、米地元紙に損賠請求 世論調査で「選挙介

ワールド

米国家情報長官指名のギャバード氏、共和8議員が支持
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 2
    揺るぎない「価値観」を柱に、100年先を見据えた企業へ。
  • 3
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが物議...事後の悲しい姿に、「一種の自傷行為」の声
  • 4
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 7
    爆発と炎上、止まらぬドローン攻撃...ウクライナの標…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    ウクライナ侵攻によるロシア兵の死者は11万5000〜16…
  • 10
    ChatGPT開発元の「著作権問題」を内部告発...元研究…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式多連装ロケットシステム「BM-21グラート」をHIMARSで撃破の瞬間
  • 3
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 4
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 7
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 8
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 9
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 10
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 6
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中