最新記事
ドラッグ

「製薬会社は共犯者」元米外交官が語る...60年前シリアで見た薬物依存の若者の記憶

The Drug Victim I Can’t Forget

2024年4月18日(木)15時26分
オソ・エスキン(スリラー小説家、元米外交官)
オソ・エスキン

希望を捨てず 小説のおかげで、悪人が報いを受ける世界を描けるというエスキン OTHO ESKIN

<外交官時代にシリアで目にした薬物の悲劇的影響。80代で作家になったエスキンが3作目の小説でオピオイド危機を取り上げた理由は>

それは「全てが起きた年」だった。1963年、ビートルズが初のアルバムを発表し、マーチン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と演説し、ジョン・F・ケネディ米大統領が暗殺された。

米外務省外交局の職員だった私はその年、初めて外国に赴任した。派遣先はシリアの首都ダマスカスだった。

到着した日の混乱は今も覚えている。案内してくれた現地の米大使館職員の男性と、町を見晴らす崖の上で足を止めたとき、全てが一変した。「ここにいるのはまずい」。職員男性がそう叫び、私を引っ張って車に飛び乗った。市内でクーデターが発生し、政府が外出禁止令を即時発動していた。外にいる者は、誰でも銃撃される恐れがあった。車のラジオから流れる一報を、男性は耳にしたのだ。

だが心に付きまとって離れないのは、ダマスカスでの別の事件だ。80代で作家になった私は、とらわれ続けた記憶を小説にすることにもなった。

現地でトラブルに陥った米市民の世話をすることは、大使館員である私の責務の1つだった。ある日、地元の警察署長から刑務所へ呼ばれた。

刑務所として使われていたのは、古代ローマ時代に建てられた要塞だった。目の前の暗がりに、ひどい精神状態の人物がいた。支離滅裂なことを言い、明らかに何らかの薬物の影響下にあった。ごく若いアメリカ人青年だった。

隣国レバノンの首都ベイルートにあるアメリカ系病院から精神科医を手配した。診察結果は、適切な医療措置を受けなければ、拘束され続けた体験から立ち直れないかもしれないというものだった。

シリア当局を説得し、青年をベイルートへ連れて行く許可を得た。出発が迫ったとき、青年の行動はさらにおかしくなった。私一人では危険かもしれない。拘束衣を手に入れ、大使館駐在の米海兵隊員に同行してもらうことにした。

製薬業界に感じる怒り

車の中で、青年と海兵隊員はほぼ同年齢だと、ふと気付いた。親友になれたかもしれないのに、現実の2人は懸け離れた存在で、一方は軍服姿でりりしく、もう一方は錯乱状態だった。ベイルートの病院で診断を受けた青年は、看護師に付き添われて帰国した。

あの後、彼はどうなっただろう? 私はずっとそう考え続けてきた。きちんとした治療を受けたのか。それとも、依存症患者になってしまったのだろうか......。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中