最新記事
ロシア

「最期まで諦めない」ナワリヌイだけではない、ロシアの反体制派に受け継がれる信念

It Wasn’t Just “Courage”

2024年2月27日(火)20時30分
エミリー・タムキン

妻に引き継がれた闘い

本当の意味で政治を改革し、法による統治と民主主義を実現する可能性がロシアでどんどん遠ざかるなかでも、ナワリヌイの言葉にはこうした思いが繰り返し浮かび上がった。

22年のドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』で「あなたに何かあったら、支持者にどんなメッセージを残すか」と問われたときの答えにも、信念は表れている。

「分かりきった話だが、諦めてはいけない」と、彼はロシア語で呼びかけた。

実際には多くの人にとってそれは「分かりきった話」ではないが、彼には自明だったのだ。

ドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』予告編

映画の中でナワリヌイは、悪が勝つのは善人が何もしないからだとも述べた。これも旧ソ連のレジスタンスの論理に通じる。

人権に基づく反体制運動の父とされる詩人のアレクサンドル・エセーニン・ボーリピンは、あるとき「政府が法を踏みにじっても誰も気にしない」と言われ、「気にしないのが問題なのだ」と返した。

「非は、政府に法の遵守を求めない私たち自身にある」

ナワリヌイが完全無欠だったと言うつもりはない。

彼は何度も人種差別的な発言をし、国粋主義に偏った姿勢も見せた。旧ソ連の反体制派もまた完璧ではなかった。

極端な例はウラジーミル・ブコフスキーだ。ナワリヌイと同様に道義的責任を説いた大物活動家だが、児童虐待画像を大量にダウンロードしたとして73歳でイギリスで起訴された。

けれども反体制派に関するナワリヌイの認識がどうであれ、彼を旧ソ連の活動家になぞらえるのは、決して「大げさ」ではない。

先人たちと同じで、ナワリヌイはほかに選択肢があることを理解していなかったわけではない。

ただそうした選択肢が、彼の政治的・人道的信念の範疇(はんちゅう)になかったのだ。

2月19日、妻のユリア・ナワルナヤはビデオメッセージを発表し、夫の遺志を継いで戦うと宣言した。プーチンは夫を殺すことで自分の半分を殺したと言い、こう続けた。

「でも私の半分はまだ残っている。そしてその半分が、諦める権利はないと私に告げている」

ユリア・ナワルナヤのビデオメッセージ

ナワルナヤの苦しみを察するにつけ、それは人間離れした決意に聞こえる。

だが彼女にしてみれば、人間が人間であり続けるためにやらなければならないことを言葉にしただけなのだろう。

メッセージを発するナワルナヤが、これまで体制に反旗を翻した精神的英雄たちに重なった。英雄の1人は、もちろん亡き夫のアレクセイ・ナワリヌイだ。

©2024 The Slate Group

20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中