統治の不安と分断がもたらす政治参加
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<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第7弾では、人々の「統治への不安」は、どんな行動につながるのか、同志社大学社会学部メディア学科教授・池田謙一氏が解説する>
いま、社会や国の行く末が見えない。2020年からの新型コロナウイルス災禍、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの紛争、来る米大統領選挙の行方、東・東南アジアにおける中国の伸張への緊張感など、暗く不透明な将来の予感には枚挙にいとまがない。世界的な「民主主義の後退」さえ戻る気配がない。
既存の調査結果から見る「統治の不安」の構造
このように事態が大きく動き始める前から、日本人は国の将来や行く末を案じてきた。自国が戦争やテロや内戦に巻き込まれるのではないか。あるいは自身が失業したり、家族が十分な教育を受けられないのではないか、といった懸念を強く感じてきた。
2010年から2020年にかけて二度実施された国際比較研究の「世界価値観調査」では、日本の経済レベルや国際的な平和の指標や教育のレベルに比して、この懸念は過剰なほどであった(池田、2019、2023)。ただし、不安やリスクの認識は高いものの、「国が民主的に統治されている」と考える日本人では、過剰な懸念は多少とも抑えられていた。
筆者はこの懸念を日本人の「統治の不安」の表れだと考え、さらにその内実の心理構造を明らかにしようとした。2021年の衆院選に際し、図1に見るような「日本の政治は、何か誤った方向に進むのではないかと心配である」など5設問を尋ねたところ、7割前後の不安表明の回答が多く、2023年にかけての4回の調査でも継続していた。
この5回答に見る統治の不安の心理は、コロナ災禍に対する政府の対策に対する低評価に強力に寄与していた。コロナによる実際の感染の恐怖や職業的な負の経験などよりも、将来の統治の不安こそが政府への直近の評価にも大きくインパクトを持っていた。
また岸田首相の最初の衆院選調査の分析は、統治の不安が日本政治の長年のマイナス面の累積によってビルドアップされてきたことを示していた。つまり諸政党に対する全般的な低評価、政権担当力があると認識される政党の少なさ、内閣に対する低い将来期待、政治に対するエンパワーメント感覚の弱さ、といった要因である。
図1
分断軸のひとつとしての統治の不安
では、統治の不安は、社会の分断とどのように関わるのだろうか。本連載シリーズで見てきたように、我々の「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)は、日本では米国とは異なる形での分断があることを示している。
日本の分断の軸として我々が注視したのは5つの分断軸である。既に今回までのシリーズで、分断軸1:「イデオロギー」(早稲田大学社会科学総合学術院教授 遠藤晶久)、分断軸2:「政治との距離」(早稲田大学政治経済学術院教授 小林哲郎)、分断軸3:「道徳的価値観」(東京工業大学環境・社会理工学院准教授 笹原和俊)、分断軸4:「リーダーシップ・スタイル」(東京大学大学院情報学環教授 前田幸男)が検討されてきた。今回は分断軸5の持つ意味をみよう。
国や社会の統治に対する市民の判断の乖離や差異が生む第5の軸、それが「統治の不安」である。社会や政治の将来の見通しの「悲観者」VS「楽観者」の違いは何かを見るのである。統治の不安が高く、分断を深刻に受け止めるとき、日本人は政治に関与し、分断を克服し、国の将来の不安を払拭しようと、政治に働きかけ得るのだろうか。