先進国の「恵まれない人々」と「世界的な貧困の克服」が歓迎されない世界が必要とする、「新しい世界経済秩序」とは?
ISSUES 2024: THE CRISIS
ILLUSTRATION FROM PROJECT SYNDICATE YEAR AHEAD 2024 MAGAZINE
<パンデミック、気候変動、ポピュリズム......グローバルな世界を襲う脅威を乗り越えて前進を続けるために何をすればいいのか>
過去250年間に人類の生活がいかに向上したかについて論じた『大脱出──健康、お金、格差の起原』(邦訳・みすず書房)を私が執筆してから、10年がたった。
しかし、「歴史上のどの時代よりも今の生活が良い」という私の圧倒的にポジティブな見解は、10年後の今、ごく普通の人にさえ当てはまらないだろう。
現在の脅威に目を奪われ、過去を無視するのはたやすい。しかし、現代の私たちにはどの時代の人々よりも、有用な知識の膨大な蓄積があることを忘れてはならない。それで喫緊の課題を全て解決できるわけではないが、簡単に失われたり忘れられたりもしない。
貧困、病気、死から逃れたいという願望は、着実な改善をもたらしてきた。啓蒙主義以降、無思慮な服従や独断的な教義に理性が打ち勝ち、信頼できる答えを生み出した。多くの病気は細菌が原因であるという説が確立したことは、とりわけ有用な知識を人類に与えた。
ただし、長期的な進歩の流れは明らかだが、歴史は無批判の楽観主義を支持しない。人類の幸福の向上は幾度となく後退し、時には想像を絶する惨状に見舞われた。
20世紀だけでも2つの世界大戦、ホロコースト、スターリンと毛沢東の残忍な政策が何千万人もの死者を出した。1918~20年に世界的に流行したインフルエンザでは、20億人弱の世界人口のうち約5000万人が死亡した。
WHOの推計によると最近では、新型コロナウイルスで既に700万人近くが死亡している。パンデミックは多くの国で経済成長を止め、世界で進んでいた貧困からの脱却の歩みをほぼ確実に止めた。
通常、こうした大惨事の後は進歩が再開され、回復を経て、以前の最高水準を上回る健康と富の成果がもたらされる。もちろん、進歩が過去の恐怖を消し去ることはない。しかし生き残った人々やその後の世代には、より良い生活が送れるという希望が残される。
19世紀末に細菌説が公衆衛生の基礎となり、多くの病気を予防するワクチンが開発された。エイズなど死の宣告に等しかった病気を新薬が救っている。新型コロナのワクチンが1年足らずで開発されたことは、こうした進歩を物語っている。
同様に、1930年代のジョン・メイナード・ケインズの洞察のおかげで、マクロ経済運営は時代とともに改良されてきた。
長期的な経済成長の要因はまだ分からないことのほうが多いが、こんにちの中央銀行の金融政策は昔より優れていると、多くの人が言うだろう。しかし、この進歩が今後も続く保証はどこにもない。