最新記事
世界経済

先進国の「恵まれない人々」と「世界的な貧困の克服」が歓迎されない世界が必要とする、「新しい世界経済秩序」とは?

ISSUES 2024: THE CRISIS

2023年12月25日(月)13時30分
アンガス・ディートン(経済学者)
階段

ILLUSTRATION FROM PROJECT SYNDICATE YEAR AHEAD 2024 MAGAZINE

<パンデミック、気候変動、ポピュリズム......グローバルな世界を襲う脅威を乗り越えて前進を続けるために何をすればいいのか>

過去250年間に人類の生活がいかに向上したかについて論じた『大脱出──健康、お金、格差の起原』(邦訳・みすず書房)を私が執筆してから、10年がたった。

しかし、「歴史上のどの時代よりも今の生活が良い」という私の圧倒的にポジティブな見解は、10年後の今、ごく普通の人にさえ当てはまらないだろう。

現在の脅威に目を奪われ、過去を無視するのはたやすい。しかし、現代の私たちにはどの時代の人々よりも、有用な知識の膨大な蓄積があることを忘れてはならない。それで喫緊の課題を全て解決できるわけではないが、簡単に失われたり忘れられたりもしない。

貧困、病気、死から逃れたいという願望は、着実な改善をもたらしてきた。啓蒙主義以降、無思慮な服従や独断的な教義に理性が打ち勝ち、信頼できる答えを生み出した。多くの病気は細菌が原因であるという説が確立したことは、とりわけ有用な知識を人類に与えた。

ただし、長期的な進歩の流れは明らかだが、歴史は無批判の楽観主義を支持しない。人類の幸福の向上は幾度となく後退し、時には想像を絶する惨状に見舞われた。

20世紀だけでも2つの世界大戦、ホロコースト、スターリンと毛沢東の残忍な政策が何千万人もの死者を出した。1918~20年に世界的に流行したインフルエンザでは、20億人弱の世界人口のうち約5000万人が死亡した。

WHOの推計によると最近では、新型コロナウイルスで既に700万人近くが死亡している。パンデミックは多くの国で経済成長を止め、世界で進んでいた貧困からの脱却の歩みをほぼ確実に止めた。

通常、こうした大惨事の後は進歩が再開され、回復を経て、以前の最高水準を上回る健康と富の成果がもたらされる。もちろん、進歩が過去の恐怖を消し去ることはない。しかし生き残った人々やその後の世代には、より良い生活が送れるという希望が残される。

19世紀末に細菌説が公衆衛生の基礎となり、多くの病気を予防するワクチンが開発された。エイズなど死の宣告に等しかった病気を新薬が救っている。新型コロナのワクチンが1年足らずで開発されたことは、こうした進歩を物語っている。

同様に、1930年代のジョン・メイナード・ケインズの洞察のおかげで、マクロ経済運営は時代とともに改良されてきた。

長期的な経済成長の要因はまだ分からないことのほうが多いが、こんにちの中央銀行の金融政策は昔より優れていると、多くの人が言うだろう。しかし、この進歩が今後も続く保証はどこにもない。

試写会
『シンシン/SING SING』ニューズウィーク日本版独占試写会 45名様ご招待
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中