最期まで真のヨーロッパ人だった「米外交の重鎮」...「複雑なリアリスト」キッシンジャーが逝く
THE MASTER OF REALPOLITIK
晩年のキッシンジャーは、アメリカ政府が道徳的ないしイデオロギー的な理由で中国とロシアの双方を敵に回せば、中ロの古い絆が復活しかねないと危惧していた。18年にはドナルド・トランプ大統領に、ロシアに接近して中国に対抗するよう助言したとも伝えられる。
その一方、中国に新たな冷戦を仕掛けるのは20世紀の冷戦以上に危険だとも警告していた。
21年5月にはアリゾナ州での政策フォーラムに出席し、かつてのソ連には「今の中国ほどの技術力がなかった。今の中国は軍事大国であり、経済大国でもある」と指摘している。
洗練されたレアルポリティーク
アメリカがアフガニスタンから屈辱的な撤退をした後、キッシンジャーは英誌エコノミストに寄稿し、より良い世界の建設というアメリカの過剰な理想主義に再び警告を発している。そしてベトナム戦争の教訓に触れ、こう総括してみせた。
「(あの戦いで)アメリカが自滅したのは、実現可能な目標を定め、それらを持続可能な形で政治プロセスに組み込むことに失敗したせいだ。軍事目標はあまりに絶対的で達成不可能だったし、政治目標はあまりに抽象的だった。両者を結び付けることができなかったからアメリカは終わりなき紛争に巻き込まれ、国内論争の泥沼にはまり、確固たる目標を見失ってしまった」
重々しい物腰とドイツなまりでよそよそしい印象を与えることの多いキッシンジャーだが、実際には相手を綿密に観察する人物であり、そのキャリアを通じて、交渉相手の指導者たちの性格をよく把握していた。その長い経験をまとめた著作の執筆には、死の間際まで励んでいた。
キッシンジャーはアメリカの外交官として道徳に基盤を置くパワー・ポリティクスを(善くも悪くも)推進したが、根っこのところではビスマルクに学んだヨーロッパ人だった。
ハーバード大学でキッシンジャーに学び、後には民主党の外交ブレーンとなったジョセフ・ナイに言わせれば、「意外に聞こえるかもしれないが、彼は外交の道徳性をとても意識していた。秩序を支えるのは力の均衡だが、そこには正統性も必要だと理解していた」。
つまり、言うなれば「洗練されたレアルポリティーク」の実践者。なんとも複雑な人物である。