「情熱の国」は一触即発の危機...スペイン社会全体から猛反発を浴びた、ペドロ・サンチェス首相の大胆すぎる「賭け」
The Ultimate Gamble
一方、訴追を逃れようと国外脱出した者もいる。住民投票を主導した当時のカタルーニャ州首相、カルラス・プッチダモンもその1人だ。
そこに、今夏の総選挙の混乱が起きた。国民党が最多得票だったが、右派ブロックを組むボックスと合わせても獲得議席数は過半数未満。社会労働党と急進左派連合が多数派を構成できるかどうかは、カタルーニャ地域政党を取り込めるか次第だった。司法が違法な手段と判断していた包括的恩赦に、サンチェスが踏み切ったのはそういうわけだ。
引き換えに、独立派政党の「ともにカタルーニャ」とカタルーニャ共和主義左翼はそれぞれ、あくまで中央政府との合意と憲法に従う形で独立の目標を追求することに同意している。特に、スペインからの一方的分離を強硬に主張してきた「ともに」にとって、これは大きな譲歩だ。
両党が既存の路線に回帰したことで、これまでは独立を主張するナショナリストに阻まれていた「権限移譲」の合意が可能になるのでは、との期待が高まっている。「合意形成の道を探る動きだ」と、カタルーニャ州都バルセロナにあるポンペウ・ファブラ大学のマルク・サンジャウマ助教(政治理論)は評する。
サンチェスの恩赦法案については、数々の法的問題も存在する。司法機関・団体は、プッチダモンが党首の「ともに」とサンチェスの取引を異口同音に批判している。
なかでも問題なのが、法律を利用して政敵を攻撃するローフェア(法律戦)について、議会調査を行うとの提案だ。これは立法府による司法への介入にほかならないと、国内の判事や弁護士も、国際的な法律専門家も考えている。
恩赦法案は「公共の利益にかなう」とうたうが、恩赦で利益を得る当事者との政治的駆け引きの結果でしかなく、多くのスペイン国民は懐疑的だ。これまで、カタルーニャ独立運動関係者への恩赦は違憲として退けるのが(社会労働党指導者の間でも)主流だったため、多くの人があっけにとられている。
恩赦法案が成立した場合、憲法裁判所の審査に付されるのは間違いない。カンタブリア大学のヘスス・マリア・デ・ミゲル教授によれば「恩赦は司法的行為」で、今回の恩赦措置はスペインの司法制度と相いれない。「利益の当事者が、新政権の誕生に加わっている。そして新政権は、旧政権の法執行が不当だったと主張している」
これは国家による不正行為を示唆している。従って、恩赦法案はスペインの法治を損ないかねないと、デ・ミゲルは指摘する。「ある出来事について『国家が不当だったのだから忘れよう』と主張すれば、法のルールは自壊する」