最新記事
スペイン

「情熱の国」は一触即発の危機...スペイン社会全体から猛反発を浴びた、ペドロ・サンチェス首相の大胆すぎる「賭け」

The Ultimate Gamble

2023年11月22日(水)17時10分
アルベルト・グアシュ・ラファエル(スペイン在住ジャーナリスト)

一方、訴追を逃れようと国外脱出した者もいる。住民投票を主導した当時のカタルーニャ州首相、カルラス・プッチダモンもその1人だ。

そこに、今夏の総選挙の混乱が起きた。国民党が最多得票だったが、右派ブロックを組むボックスと合わせても獲得議席数は過半数未満。社会労働党と急進左派連合が多数派を構成できるかどうかは、カタルーニャ地域政党を取り込めるか次第だった。司法が違法な手段と判断していた包括的恩赦に、サンチェスが踏み切ったのはそういうわけだ。

引き換えに、独立派政党の「ともにカタルーニャ」とカタルーニャ共和主義左翼はそれぞれ、あくまで中央政府との合意と憲法に従う形で独立の目標を追求することに同意している。特に、スペインからの一方的分離を強硬に主張してきた「ともに」にとって、これは大きな譲歩だ。

両党が既存の路線に回帰したことで、これまでは独立を主張するナショナリストに阻まれていた「権限移譲」の合意が可能になるのでは、との期待が高まっている。「合意形成の道を探る動きだ」と、カタルーニャ州都バルセロナにあるポンペウ・ファブラ大学のマルク・サンジャウマ助教(政治理論)は評する。

サンチェスの恩赦法案については、数々の法的問題も存在する。司法機関・団体は、プッチダモンが党首の「ともに」とサンチェスの取引を異口同音に批判している。

なかでも問題なのが、法律を利用して政敵を攻撃するローフェア(法律戦)について、議会調査を行うとの提案だ。これは立法府による司法への介入にほかならないと、国内の判事や弁護士も、国際的な法律専門家も考えている。

恩赦法案は「公共の利益にかなう」とうたうが、恩赦で利益を得る当事者との政治的駆け引きの結果でしかなく、多くのスペイン国民は懐疑的だ。これまで、カタルーニャ独立運動関係者への恩赦は違憲として退けるのが(社会労働党指導者の間でも)主流だったため、多くの人があっけにとられている。

恩赦法案が成立した場合、憲法裁判所の審査に付されるのは間違いない。カンタブリア大学のヘスス・マリア・デ・ミゲル教授によれば「恩赦は司法的行為」で、今回の恩赦措置はスペインの司法制度と相いれない。「利益の当事者が、新政権の誕生に加わっている。そして新政権は、旧政権の法執行が不当だったと主張している」

これは国家による不正行為を示唆している。従って、恩赦法案はスペインの法治を損ないかねないと、デ・ミゲルは指摘する。「ある出来事について『国家が不当だったのだから忘れよう』と主張すれば、法のルールは自壊する」

展覧会
奈良国立博物館 特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」   鑑賞チケット5組10名様プレゼント
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中