第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディが撃たれた直後、妻のジャッキーが言ったこととは?
Jackie’s Final Moments With JFK
リムジンに乗ったケネディとジャッキー。前列にはテキサス州知事夫妻が同乗した UNIVERSAL HISTORY ARCHIVEーUNIVERASL IMAGES GROUP/GETTY IMAGES
<事件60周年の節目に制作されたドキュメンタリーで、一部始終を目撃したシークレットサービスが証言>
第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディが暗殺されたのは1963年11月22日のこと。事件から60周年を迎えるに当たってナショナルジオグラフィックは、ドキュメンタリー番組『JFK:アメリカを襲ったあの日の出来事』を制作した。暗殺事件直後の状況が、記録写真や映像(一部は今回初めてカラー化された)、そして関係者のインタビューを通して語られる。
本誌は放送に先駆け、大統領の妻ジャクリーン(愛称ジャッキー)の警護を担当したシークレットサービス・エージェントの証言ビデオを見ることができた。その一部を紹介しよう。
【動画】ドキュメンタリー番組『JFK:アメリカを襲ったあの日の出来事』公式トレイラー
彼の名前はクリント・ヒル。91歳で今も健在だ。テキサス州ダラスをパレード中にケネディが暗殺された時、ヒルも同じ車列にいた。
ケネディがテキサス州を訪れたのはそもそも、同州の民主党内部の不和を収めるためだった。11月22日に行われたパレードはダラス市内を走るルートで、群衆からケネディがよく見えるように計画されていた。ケネディはこの訪問を、翌年の大統領選挙の非公式なスタートとして位置付けていたのだ。
リムジンにはジャッキーと、テキサス州知事のジョン・コナリーとその妻のネリーが同乗した。ケネディが元米海兵隊員のリー・ハーベイ・オズワルドに狙撃されるや、当時31歳だったヒルはシークレットサービスが乗る後続車を降りて駆け出し、リムジンに飛び乗った。そして車が病院に急行する間、覆いかぶさるようにしてジャッキーと大統領を守った。
「ジャックと一緒にいる」
狙撃から30分ほどで、大統領の死が宣告された。病院にいたヒルに、大統領の弟であるロバート・F・ケネディ司法長官が電話をかけてきたが、ヒルはロバートに大統領の死を伝えようとはしなかった。電話口で言うのがはばかられたからだ。
番組の中でヒルは、ケネディの遺体を大統領専用機エアフォースワンに運ぶ道すがら、ジャッキーは夫のそばから離れようとしなかったと語った。
「看護師たちが大統領を白いシーツで包み、ひつぎに安置した。私たちはひつぎを運び出して霊柩車の後部に置いた。私は夫人のほうを向いて『ケネディ夫人、すぐ後ろの車で参りましょう』と言った。すると彼女は『駄目、絶対に駄目。ヒルさん、私はジャック(大統領の愛称)と一緒にそこに乗っていくわ』と言った。そして霊柩車の後部に這(は)うようにして乗り込んだので、私も一緒に中に這っていった」
「そんな訳で霊柩車の後部にケネディ夫人と2人でいたのだけれど、ちょっとばかり狭苦しかった。エアフォースワンが待つラブフィールド(空港)まで車で移動した」