最新記事
中東

ガザ攻防「地下戦」研究者が語るイスラエル特殊部隊の実力、全長500キロの要塞への入り口は洗濯機にも!?

Dangerous War Underground

2023年11月20日(月)11時35分
ブライアン・グリン・ウィリアムズ(米マサチューセッツ大学ダートマス校イスラム史教授)
ガザトンネル

ガザで発見されたというハマスの地下トンネルの入り口 ISRAEL DEFENSE FORCESーREUTERS

<待ち受けるハマスの地下通路は巨大な迷路、暗闇から攻撃してくる「幽霊」に、イスラエル軍の地下戦専門の特殊部隊は太刀打ちできるのか?>

イスラム組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区で、地上戦が拡大している。今やイスラエル軍はガザ中心部に侵攻。11月9日にはイスラエル軍が人道目的で1日4時間、ガザ北部での戦闘を休止すると発表されたが、歯止めはかかりそうにない。

ハマスとのイスラエル軍の戦いは今後、危険な新段階に入るだろう。人口が密集するガザの地上は建物だらけで、地下にはトンネルが迷路のように張り巡らされている。

イスラエルの軍事作戦は当初、地下の標的を攻撃できるレーザー誘導バンカーバスター(地中貫通爆弾)などによる空爆が中心のようだった。

だがイスラエル軍は10月29日になって、ガザ側の地下トンネルから姿を現したハマス戦闘員を殺害したと発表した。

ハマスもその後、同じ戦闘の模様とみられる動画を投稿。戦闘参加者の1人の視点から撮影された動画には、イスラエル兵士を攻撃すべく、砂浜を移動する戦闘員らの姿が捉えられている。

11月4日には、イスラエル軍が前線と見なしていた地点の手前で、兵士らの足元にあったトンネルからハマス戦闘員3人が飛び出し、イスラエル兵を急襲する事件も起きた。

入り口は民家の洗濯機

筆者はトンネルなどを駆使する地下戦を研究し、イラクで現地調査をした経験がある。当時、同国北部モスルには過激派組織「イスラム国」(IS)が建造した地下要塞があった。

史上最大級の市街戦である第2次大戦中のスターリングラード攻防戦で、穴や地下壕が舞台になった「ラッテンクリーク(ネズミの戦争)」の分析も手がけた。

こうした過去の事例が示すのは、ある重要な教訓だ。地下戦では、より高度な装備を持つ強者の攻撃側が多くの優位性を失い、地下に潜む防御側が有利になる傾向がある。

報道や研究、イスラエル・ハマス双方の情報から判断すると、ガザに要塞化された複雑な「地下都市」が存在するのは間違いないだろう。

ガザのハマス政治部門指導者ヤヒヤ・シンワールに言わせれば、同地区の地下に建設したトンネルは最大で総延長500キロに及ぶ。ハマスの人質や捕虜は、今回拘束された人々も含めて、巨大な地下施設に収容されたと証言した。

コンクリートで補強されたハマスの地下通路は「恐怖の地下都市」であり、国際社会がガザ住民支援のために寄付した建設資材を盗用したものだと、イスラエル軍は主張する。国連もハマスが人道援助物資を流用していると申し立てたが、後に撤回している。

イスラエル側によれば、多くのトンネルの入り口は「学校やモスク(イスラム礼拝所)や病院など、民間人施設の間に隠されて」いる。イスラエル軍は2014年、パレスチナ人の住宅にある洗濯機がトンネルの入り口になっていたケースも報告している。

「イタチ」部隊の実力は

ハマスのトンネルには、跳ね上げ戸で隠された発射台にロケット弾を運搬するためのレールが敷設されているという。

就寝スペースや換気・物資補給用シャフト、医療施設、司令室を備え、包囲戦を想定した食料、燃料や武器弾薬の備蓄庫のほか、ロケット弾製造施設もあると言われる。

この高度な地下ネットワークは有線通信システムで結ばれ、地雷やブービートラップ(罠)で防衛されているらしい。

こうした情報の全てが真実ではなくても、ガザの地下に驚異的な要塞が存在するのは明らかだ。攻撃する側のイスラエルには罠であり、ハマスにとっては避難所になる。

イスラエル軍は以前にも地下トンネルに遭遇している。

13年には、とりわけ大規模な越境攻撃用トンネルが見つかった。始点はイスラエルとの境界の約1キロ手前で、深さは約22メートル。境界のイスラエル側に約300メートル入った深さ約18メートル地点まで延びていた。

イスラエル軍は翌年、51日間続いた大規模なガザ攻撃でトンネルの一部を破壊した。米シンクタンク、ランド研究所の分析によれば、イスラエル軍はこのとき、地下戦の現実に驚愕したという。

イスラエル側が「ガザ地下鉄」と呼ぶトンネル網を発見し、トンネル内部で戦い、破壊するのは至難の業だった。

この経験から、イスラエル軍は地下戦を専門とする特殊部隊、サムール(ヘブライ語でイタチのこと)を増強した。サムールは長年、トンネルやブービートラップ、爆発物を検知可能なセンサーの開発に従事しており、トンネルの位置を特定する地中探知レーダーも開発している。

発見されたトンネルは特殊兵器「スポンジボム」で破壊するか、封鎖する。スポンジボムは爆弾ではない。コンクリートのように硬くなる発泡剤が膨み通路を塞ぐ。トンネル内の爆発物を察知し、敵を攻撃するよう訓練された軍用犬も擁している。

隊員は可動型の探索ロボットを操作する訓練も受ける。カメラを搭載したロボットはトンネル内部の画像を伝達し、ブービートラップを爆発させて処理することが可能だ。

サムールに選ばれるのは、トンネルの閉塞感に耐えられる兵士だけだという。地下通路は「暗く、恐ろしく、狭苦しい」場所で、暗闇から敵が「幽霊」のように攻撃してくる。

イスラエル軍は地下戦を含む市街戦に備え、同国南部ネゲブ砂漠にある軍事基地に建設した模擬都市や、実際のトンネルのデジタルスキャン画像から作成したVR(仮想現実)で訓練を実施している。

米議会調査局が10月20日に公開した報告書によると、こうした訓練施設・技術の一部は、地下トンネルに関するアメリカとイスラエルの3億2000万ドル規模の防衛協力の一環として、アメリカの納税者によって資金提供されている可能性がある。

だが、それでも備えは十分とは言えないかもしれない。

「地下に何があるか、誰にも分からない。イスラエル兵士が(ハマスの)トンネルを急襲できるとは思えない」と、テルアビブ大学中東・アフリカ研究センターのパレスチナ史専門家、ハレル・ホレフは戦況を見据える。

いずれにしても、ガザへの地上侵攻が、危険な地下都市での戦いも意味することは間違いなさそうだ。

The Conversation

Brian Glyn Williams, Professor of Islamic History, UMass Dartmouth

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 トランプショック
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月22日号(4月15日発売)は「トランプショック」特集。関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中