最新記事
世界が尊敬する日本人100

「戦争が終わるまで支援を続ける」ウクライナで一番有名な日本人、土子文則が戦地にとどまる理由

Fuminori Tsuchiko

2023年8月17日(木)14時30分
小峯弘四郎(在ウクライナ・カメラマン)
土子文則

「ウクライナで一番有名な日本人」の土子文則 PHOTOGRAPHS BY KOSHIRO KOMINE

<75歳の日本人、土子文則がウクライナで無料食堂「フミカフェ」を開設。ヨーロッパ各国のメディアで注目され、ウクライナで最も知られた日本人となる。現地の支援活動の原動力となっている「過去の経験」とは。本誌「世界が尊敬する日本人100」特集より>

今年75歳の土子文則は、いま「ウクライナで一番有名な日本人」だ。

【動画】土子文則がウクライナで開設した無料食堂「フミカフェ」

「人生の最後は好きなことをしたい」と思い、2021年9月からヨーロッパへ長期旅行に来ていた時にロシアの侵攻が始まる。当時滞在していたポーランドで多くの避難民を見て、「自分にも何かできることはないか?」と、昨年4月にウクライナに入国した。

まず領土防衛隊に入隊し、病院などで衛生兵としてボランティアで働いた。ロシアと国境を接する北東部のハルキウ市で地下鉄構内に人々が避難しているニュースを見て、6月から現地入り。それから約6カ月間、避難民と一緒に地下鉄構内で生活を共にした。

団塊の世代で、戦後の報われない貧しさや学生運動を経験した。ハルキウの地下鉄構内で避難しない、できないウクライナ人の姿を目の当たりにしたとき、彼らを助けたいという思いに火が付いた。

その後、戦争が長期化しそうな状況に危機感を感じ、使い慣れていないSNSで支援を呼びかけるようになる。それが日本の支援グループのもとに届いて次第に支援者が増えていった。昨年末に地下鉄構内を退去した後も近所のアパートに住み続け、日本から送られた物資の配給を続けた。

次の一手として、クラウドファンディングを使って約700万円の資金を集め、今年4月にハルキウ北東部のサルティフカ地区で子供や貧しい人々のための無料食堂FuMi Caffe(フミカフェ)をオープンした。

逮捕からやり直した人生

共同経営者でレストランをやったことのあるウクライナ人女性ナターシャのアイデアで、カフェは年中無休で毎日正午~午後3時まで営業。1日に約1000食を提供する。ウクライナ人スタッフを10人ほど雇い入れ、大きな課題の1つである雇用創出にも一役買っている。

ハルキウは昨年9月にウクライナ軍が奪還してから状況が安定しており、食材などの流通には支障がない。食堂の運営はナターシャが受け持ち、土子は宣伝と資金集めを担当。倉庫整理やテーブルの片付けもする。土子は英語は片言で、ウクライナ語はできない。カフェには英語を話す人がいないため、ほぼスマートフォンのグーグル翻訳に頼っている。

カフェのオープン後、ウクライナはもちろんヨーロッパ各国のメディアで取り上げられ、土子はウクライナで一番有名な日本人になった。個人、団体、企業、ハルキウ州、駐日ウクライナ大使館など着実に支援の輪が広がっている。「フミがいなかったら、私たちはどうなっていたか......。フミはもう家族です」と、ナターシャは言う。

東京都練馬区で生まれた土子の人生は決して平坦ではなく、3度の結婚や妻との死別も経験した。大学卒業後は公務員や一般企業の社員をしていたが、3人目の妻と死別した後で自暴自棄になり、生活苦の末、窃盗で逮捕されたこともある。「終わり良ければ全て良しというわけじゃないけど、最後くらいは良いものにしたい」

試写会
カンヌ国際映画祭受賞作『聖なるイチジクの種』独占試写会 50名様ご招待
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中