最新記事
ウクライナ情勢

【ルポ】子供たちをロシアの「同化キャンプ」から取り戻す...ウクライナの母親たちがたどる過酷な旅路

THE KIDS AREN’T ALRIGHT

2023年8月4日(金)13時20分
リズ・クックマン(ジャーナリスト)
ロシアに連れ去られていた13歳の息子を抱き締める女性

ロシアに連れ去られていた13歳の息子を抱き締める女性(今年4月、キーウで) EMRE CAYLAK

<ウクライナ人のアイデンティティーを消し去ろうとするロシアと、なんとしてでも子供たちを取り戻そうとする母親たちの執念。本誌「ルポ ウクライナ子供拉致」特集より>

クリミアにキャンプに行きたい──。スビトラーナ・マルキナ(36)の2人の娘が、そんなことを言いだしたのは2022年9月のこと。マルキナらが住むウクライナのヘルソン州から黒海に突き出たクリミア半島は、14年以来ロシアの占領下にあるが、歴史的に保養地として有名で、子供向けのキャンプ場も少なくない。

当時はヘルソンもロシアの占領下にあり、その奪還を目指すウクライナの反撃が近いと言われていた。15歳のヤーナと12歳のイェバが通う学校では、戦争の最前線で緊張を強いられてきた子供たちが息抜きをするチャンスだと、キャンプ参加をしきりに勧めてきた。

「私はシングルマザーで工場で働いており、戦争前から生活は苦しかった」と、マルキナは言う。もともとクリミアの出身だが、14年以降は里帰りもできていない。「娘たちはヘルソンを出たことすらなかった」

10月7日、ヤーナとイェバは何十人もの友達と一緒にバスに乗り込んだ。持ち物リストにあった出生証明書の原本もちゃんと持った。バスの中は不安よりも興奮した空気が充満していたと、同じバスに乗り込んだユーラ・ベルボビツキ(15)は語る。

だがバスが動きだすと、同行のロシア兵たちが十字を切った。「そのとき初めて、何かが変だとみんな気が付いた」と、ユーラは振り返る。

予定の2週間を過ぎても、子供たちは帰ってこなかった。「学校に問い合わせたが、誰もいなかった」とマルキナは言う。まさか帰ってこないとは思わずに、旅行承諾書に署名したことを後悔した。

230808p18_UNK_04.jpg

解放直後のヘルソンを走るウクライナ軍の車両 EMRE CAYLAK

さらに2週間がたち、ウクライナがヘルソンを奪還した。それはよかったが、ロシアの占領下にあるクリミアとの行き来は絶たれてしまった。チャットや音声通話で子供たちと連絡を取ることはできたが、戦闘の激化で通信網が破壊されると、声を聞けないことが1週間続くこともあった。誕生日もクリスマスも新年も、家族は離れ離れだった。

ユーラの母トーマ・ベルボビツキ(45)は、「息子を身近に感じたいから」と、ユーラの服を着て過ごすこともあったという。

母親たちの執念が実った

ウクライナ国家情報局によると、これまでロシアまたはロシア支配地域に連れ去られたウクライナの子供は1万9000人を超える。4万人とみる組織もある。ロシア側は全員孤児か、自らロシアへの避難を希望した子供たちだと主張するが、ウクライナ側は、子供たちからウクライナ人のアイデンティティーを消し去ろうとする陰謀だと主張する。

子供たちの多くは収容所や養護施設にとどまっているが、戦争で親を失った子供の中には、ロシア人家庭に無理やり養子縁組されたケースもあるようだ。

社会的価値創造
「子どもの体験格差」解消を目指して──SMBCグループが推進する、従来の金融ビジネスに留まらない取り組み「シャカカチ」とは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中