首相が語る、「世界一幸せな国」ブータンが「カーボン・ネガティブ」で進む道
A BALANCING ACT
GDPよりGNH(国民総幸福量)を重視する国ブータンのツェリン首相 COURTESY OF PRIME MINISTER’S OFFICE, BHUTAN
<中印という人口大国に囲まれた「幸せな森の国」ブータン。医師でもある首相が語った「理想の国」の導き方とは?>
「温室効果ガスにもビザとパスポートが必要ならいいのに」と、標高平均が世界一高い国ブータンのロテ・ツェリン首相は嘆く。
山がちで深い森林に覆われたブータンは、二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガスの排出量が吸収量を下回るカーボン・ネガティブを世界で最初に達成した国とされてきた。だがヒマラヤ山中に位置しているため、他の国々が排出する温暖化ガスによる気候変動の影響を受けやすい。
標高の低い国々は海面上昇によって気候変動の被害を真っ先に受けるとみられがちだが、ブータンでは氷河湖の融解が加速していることが問題だ。
解け出した水によって湖が決壊して鉄砲水が発生し、国民や農業にとって大惨事となりかねない。標高平均が3300メートル近い国の急斜面は豪雨による地滑りが起きやすく、そうした不安定さに地震が拍車をかける恐れがある。
ブータンが直面している難題は自然の要素だけではない。南隣にインド、北隣に中国と、世界で最も人口が多くライバル関係が拡大している2カ国に挟まれ、世界でも特に複雑な地政学的綱渡りを迫られている。
インドは友好国で輸出入の80%を占める一方、中国とは国境画定交渉を進めている。中国は、人口約80万とシアトルをわずかに上回るブータンの一画について、領有権を主張している。アメリカとは、国交はないものの関係は良好だ。
ツェリンは常に外交的な配慮を欠かさない。
「ブータンは非常に平和で、そういう社会はブータンだけでは実現できない。近隣国の力添えがあったからこそだ。彼らの協力で変わらないままでいることができる。今のブータンがあるのは近隣国の善意のおかげだ」と、彼は言う。
仏教国ブータンの元首は、国王としては世界一若い43歳のジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク。54歳のツェリンは政権運営の傍ら、今も週末には医師として首都ティンプーのジグミ・ドルジ・ワンチュク国立病院で手術を行う。
こうした献身的な働き方は、カトリックの修道女で慈善活動に生涯をささげ2016年にカトリック教会の聖人に列せられた故マザー・テレサから影響を受けた部分もあるという。ツェリンの妻もやはり医師だ。
患者の問題だけでなくブータンの制度的問題も解決したいと、ツェリンは国立病院の医師になるためにかかった巨額の研修費用を自己弁済して国立病院の職を辞し、13年に政界入り。医師としてテレビの医療番組に出演していたこともあって知名度は高く、5年後の18年、総選挙に勝利して首相に選出された。
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