最新記事

WHO

「コロナで何人殺した?」 WHOが解任した葛西事務局長の問題発言とは

2023年3月10日(金)21時20分
大塚智彦

こうした人種や国の政治経済社会文化の水準に関する「上から目線」の発言はマニラの西太平洋事務局内で多くの職員が体験あるいは目撃され、一部職員は事務局の空気に耐えられずに辞職するなど「限度を著しく超えている」としてWHO本部への内部告発に至ったという。

事務局内は異常な雰囲気で、報復を恐れて正面切って葛西氏に反対意見を表明するすることが憚れる状況が続いていたという。

こうした職員からの指摘に対して葛西氏はメディアを通じて「私がスタッフに対して厳しいのは事実だが特定の国籍のスタッフを標的にしたということはない」と発言内容を全面的に否定している。

機密情報を日本政府に漏洩した疑いも

WHOは声明の中で葛西氏に「不正行為」があったと指摘しながらもその具体的な内容への言及はないが、報道などによるとコロナウイルスのワクチンに関するWHOの機密性の高い内部情報を出身国である日本に対して漏らしていた疑いがあったとしている。

それによるとスタッフからはWHOの同意なく外部と共有することが許されていないコロナワクチン、予防接種などに関する情報を葛西氏は日本政府に提供して共有したとされている。そして日本政府による近隣諸国へのワクチン提供に関して、WHOの支援より日本政府への対応を優先するようにスタッフに働きかけたたという。日本政府に漏らしたというコロナワクチンに関する秘密情報の詳細は明らかになっていない。

葛西氏はこの疑惑に関してもメディアに対して「そのような事実はない」と全面的に否認している。

4月にも後任事務局長選挙開始へ

WHO地域事務局の事務局長が不祥事で解任されたケースはこれまでになく、葛西氏が初めてという。

葛西氏は岩手県出身で慶應義塾大学医学部を卒業した医学博士。岩手県庁や厚労省勤務を経て2006年からWHO西太平洋事務局に勤務し、管轄地域の公衆衛生や感染症の専門家として活動し、2019年に実施された選挙で西太平洋事務局の事務局長に選任された。任期は5年間の予定だった。

西太平洋事務局はWHOの世界にある6つの地域事務所(米、アフリカ、南東アジア、欧州、東地中海、西太平洋)の一つで日本や中国、オーストラリアなど9カ国と地域をカバーし、対象となる地域の人口は約37億人になるという。

WHOではすでにWHOのスザンナ・ジェイコブ副事務局長を当面の間葛西氏の代理として指名しており、4月にも後任の事務局長を選ぶ選挙のプロセスを開始する予定としている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米、来週にも新たな対中関税発表 EVなど戦略分野対

ビジネス

米5月ミシガン大消費者信頼感67.4に低下、インフ

ビジネス

米金融政策、十分に制約的でない可能性=ダラス連銀総

ビジネス

6月利下げへの過度な期待は「賢明でない」=英中銀ピ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 9

    「一番マシ」な政党だったはずが...一党長期政権支配…

  • 10

    「妻の行動で国民に心配かけたことを謝罪」 韓国ユン…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中