核戦力強化をはかる中国を核軍備管理の枠組みに引き入れることは可能か
また、核兵器を含めた際限のない軍備拡張競争は両国に財政的負担を与えていた。とりわけ核戦力を強化し続け、かつ完璧な精度で弾道弾を迎撃することが困難な対弾道ミサイルシステム(Anti-Ballistic Missile System)に莫大な予算を費やすことが大きな負荷になっていた。
こうした背景から、1960年代後半になると米ソ両国は徐々に歩み寄りを見せるようになり 、歯止めの効かない核軍拡競争に制限を課すため、初の核軍備管理交渉であるSALTIを行うことを決定した。この点において、米ソ両国は核軍備管理に共通の利益を見いだしていたと言える。
SALTIの実施を主導した米国のニクソン政権は、米ソ緊張緩和に向けた全体戦略(デタント)の手段の1つとして核軍備管理を位置づけていた。
実際の交渉では、そもそも何が戦略兵器(Strategic Weapon)で何が非戦略兵器(Non-Strategic Weapon)という共通認識の形成 から始まり、約2年半をかけて米ソ両国の代表団がヘルシンキで合意内容をまとめ上げた。
交渉過程においては、ソ連が欧州からの米国の核戦力の撤廃を要求するなど、様々な争点が発生したが、合意が難しい点はひとまず棚上げし、まずは米ソで合意可能な点をまとめることが最優先された。
最終的には、米ソ両国の戦略核弾道ミサイル数(ICBM・SLBM) と対弾道ミサイルシステムに制限を加えることで合意がされた。
つまり、米ソの保有する矛と盾の両方に制約を課すことが可能となり、MADを通じた戦略的安定性に一定程度貢献したと考えられる。
一方、合意内容は多目標弾頭(Multiple Independently Targetable Reentry Vehicle:MIRV)が対象外になるなど抜け穴があり実質的な効果は薄いとの評価もある。
しかし、SALTIはその後の米ソ・米ロの核軍備管理・軍縮の大きな流れのきっかけとなった。SALTIの後には、SALTII交渉(1972~79年)や中距離核戦力全廃条約(Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty:INF Treaty、1987年)が続くこととなった。
核軍備管理交渉経験のない中国...SALTIが示す、現代への教訓
現在は米ソ冷戦時とは異なり、極超音速兵器(Hypersonic Missile)、核巡航ミサイル(Nuclear Powered Cruise Missile)、核魚雷(Nuclear Torpedo)など、戦略的安定性に影響を与えうる新たな兵器が開発され、このうち極超音速兵器は実際に運用されている。
そのため、仮に核軍備管理交渉を行うとしても、戦略核兵器に加え、そもそも何を対象とするのかという点がSALTIと同様に大きな課題になりうるだろう。
中国はロシアと異なり核軍備管理交渉の経験を持たないため、SALTI交渉で発生したような共通認識の形成から始めることになると考えられる。
また、矛だけでなく対弾道ミサイルシステムのような盾の部分も論点の一つとなりうる。
このほか、核戦力の配備に関する地理的側面も争点になると考えられる。2019年に失効してしまったものの、米ソはINF条約に合意しており、ここで取り上げられた内容も持ち出される可能性もある。
最後に、仮に核軍備管理交渉が発生する場合、そもそもそれが米中の二国間で行われるのか、あるいは米中ロの三国間で行われるかという点が交渉内容に大きな影響を与えると言える。法的拘束力のある条約を目指すのであれば、議会における批准のハードルをどう超えるかが課題になるだろう。
SALTIの教訓としては、まずは合意に至ることで政治的なモメンタムを形成する(Political Momentum First)という点があげられる。そのため、例えば米中の二国間、あるいは米中ロの三国間で核軍備管理の大まかな枠組みの政治的合意を行い、その後法的拘束力のある条約交渉に移るという方法がありうる。