最新記事

医療

アリを癌の早期発見に役立てる──飼いやすく安い 仏研究

Cancer-Sniffing Ants

2023年2月8日(水)12時40分
パンドラ・デワン
アリ

フスカヤマアリを訓練すれば癌を検知できることが分かった CARINE CARNIER/ISTOCK

<腫瘍細胞が作る化合物のにおいを検知するよう訓練して、癌の早期発見に役立てようという研究が進んでいる>

癌の治癒率を高めるには、早期発見が不可欠。それに役立つ「ツール」が、あなたの家の裏庭にいるとしたら?

仏ソルボンヌ・パリ北大学の研究チームは先頃、学術誌「英国王立協会紀要」に発表した論文で、アリが初期段階の癌の検知に役立つ可能性があることを示した。

研究を率いたバプティスト・ピケレーによれば、アリは嗅覚が鋭い上に訓練がしやすい。「この2つの能力を組み合わせて、アリに癌のにおいを検知できるかどうかを試した」と、ピケレーは言う。

腫瘍細胞は、健康な組織には見られない特有の化合物を作り出す。癌のバイオマーカーと呼ばれるものだ。この化合物を嗅ぎ分けられるように動物を訓練し、患者が癌にかかっているかどうかを識別することができる。

今回の研究では、フスカヤマアリの働きアリに、ヒトの非常に攻撃的なタイプの乳癌のバイオマーカーを嗅ぎ分けられるよう訓練を行った。実験には、腫瘍細胞を移植したマウスと健康なマウスの尿を使用。腫瘍細胞を持つマウスの尿のそばに「ご褒美」となる砂糖水を置き、この2つを関連付けるよう訓練した。

アリはこの訓練をわずか3回しただけで、砂糖水を取り払っても乳癌のバイオマーカーのにおいを嗅ぎ分けるようになった。健康なマウスの尿に比べて、腫瘍のあるマウスの尿の近くにとどまる時間が約20%長くなった。

WHO(世界保健機関)によれば、世界ではほぼ6人に1人が癌によって死亡している。癌を早期に検知するツールはあるが、今ある方法の多くは体への負担が大きかったり、高額だという難点がある。

安価で効果的なツール

これまでも犬やマウス、線虫が癌のにおいを嗅ぎ分けられることが実験で示されてきた。だがアリはこれらの動物に比べて飼いやすく、訓練にかかる時間やコストも少なくて済むという利点がある。

過去の研究では、アリが卵巣癌のバイオマーカーに反応したり、異なる種類の癌を区別する能力を持つという結果も示されている。「アリが検知できるのは乳癌だけだと考える理由はない」と、ピケレーは言う。

もちろん、さまざまな要因によって尿の臭いは変わり得る。「患者の性別や年齢が尿の臭いに影響を及ぼす可能性がある」と、ピケレーは語る。今回も初回の実験では、マウスのそうした条件をそろえたという。

将来的には、患者の性別や年齢、食習慣といった要素が、腫瘍を検知するアリの能力に影響するかどうかを検証する必要があるだろう。

「アリがこうした条件の違いよりも癌のにおいにより強く反応することが分かれば、患者の性別や年齢などに関係なく同じ検知方法を使うことができる」と、ピケレーは言う。「明確な答えを見つけるために、さらに研究を重ねたい」

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中