最新記事

ブラジル

ブラジル議会襲撃は「起こるべくして起きた」──民主主義を攻撃する「ボルソナロ主義」の行く末

The Road to Revolt

2023年1月16日(月)13時00分
ギエルメ・カサリョイス(サンパウロ企業経営大学教授)
ボルソナロ前大統領の支持者たち

首都ブラジリアで連邦議会の議事堂に押し寄せたボルソナロ前大統領の支持者たち(1月8日) AP/AFLO

<敗北を認めず不正選挙を叫び支持者をあおるボルソナロ派、ブラジル版「1月6日」は起こるべくして起きた>

ブラジル連邦共和国の3大シンボルである最高裁判所、連邦議会、大統領府が国民に襲撃されたことは、この国の新たな歴史をつくるような出来事だ。1822年の独立以来、ブラジルは軍事クーデターや社会的混乱を経験してきたが、これほどまでに政治制度が軽視される場面を目の当たりにしたことはなかった。

事の始まりは2018年。当時は冴えない下院議員で、過去の軍事独裁政権を支持し、悪名高い拷問者たちを称賛していたジャイル・ボルソナロが大統領選に立候補した。元陸軍大尉の彼は、神の名と祖国と伝統的な家族の価値観に懸けて、政治の「沼をさらい」、ブラジルの新しい時代を切り開くと誓った。

彼のビジョンに国家政策は必要ない。政治的な権威は、財界人や宗教指導者、武装民兵の支持から、そして何よりも大統領の救世主的カリスマからおのずと生まれる。

こうした権威主義的ポピュリズムと社会的ダーウィニズムの組み合わせは、特に新しいわけではない。近年、世界中で勢いを増している極右運動の根底にもそれはある。その現実はボルソナロ支持者の正体を浮き彫りにし、ブラジルの「黒い日曜日」(襲撃は1月8日の日曜日に起きた)を理解する手助けになる。

「ボルソナロ主義」は極めて反民主的な運動だ。アメリカの極右(特にトランプ主義)と、ブラジルの社会的不平等および軍国主義の長い歴史を、全く新しいデジタル言語で融合させた。メッセージアプリとソーシャルメディアは、10年ほど前から政治体制に対する疑念を募らせていた支持者を集めるカギになった。

このように特定の集団の中で大衆の幻滅が醸成された主な要因は、汚職スキャンダル、都市部での暴力の増大、当時の(そして現在の)大統領ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバが行った最貧困層を優遇する政策だった。

自ら暴動を計画したか

ボルソナロは大統領になる過程で人々の感情を利用した。憎悪や恐怖、恨みを駆り立てて数百万人を結集させ、彼らに戦うべき相手、すなわち共産主義を提供した。

就任当初、ボルソナロは共産主義から国を救うという理由を付け、ブラジルの民主主義制度と政策遂行能力を弱体化させた。自分の支持者を仮想敵と戦わせることによって、政権の無能や汚職に対する非難、さらには70万人近い国民の命を奪った新型コロナウイルスのパンデミック中に犯した公衆衛生上の罪に対する非難をうまくかわした。

ボルソナロ政権が生き残ることができたのは、財界人や農業ロビー、キリスト教福音派指導者、武装勢力と治安部隊のメンバーからの忠実な支持のおかげかもしれない。彼の統治戦略のカギは、これらのグループの利益に反する人物を攻撃することであり、最高裁判所や議会、主流メディアが標的にされた。

21年には、9月7日の独立記念日にボルソナロが支持者を動員して全国の街頭で騒動を引き起こす計画を立てていた、という疑惑が報じられた。非常事態を利用して軍による権力奪取を正当化しようとしたとみられるが、軍上層部は明確な支持を示さなかった。

ボルソナロの熱狂的な支持者は、憲法のゆがんだ解釈により、極右の大統領が選挙なしで絶対的な支配者になることを望んでいるようだ。軍は少なくとも選挙を望んでいるふりをしていたが、大統領が先導した不正選挙の大合唱に加わるのをためらわなかった。

22年10月、ボルソナロは大統領選でルラと対峙した。敗北を予想した現職大統領は数カ月前から、投票機をめぐる疑惑をまき散らし、選挙プロセスの信頼性に疑問を投げかけた。決選投票で僅差で敗れたことは、ボルソナロが敗北を認めることを拒否するには十分な結果だった。5800万人の支持者の多くも敗北を認めようとしなかった。

230124p30_BJL_02.jpg

一転して暴徒の過激な行為から距離を置くような発言をしているボルソナロだが(昨年12月) ADRIANO MACHADOーREUTERS

1月1日にルラが大統領に就任するまでの2カ月間、ボルソナロが沈黙していたのは、支持者を結集させる合図だったようだ。彼らは道路を封鎖し、政敵を脅し、全国各地の軍施設周辺でキャンプを張って軍の介入を要求した。

大統領就任式の数日前にボルソナロは国外に脱出して米フロリダ州に行き、ブラジルで命の危険にさらされていると示唆した。支持者はこれを、行動を起こせという呼びかけと解釈したようだ。

つまり、2年前の米連邦議会議事堂の襲撃がブラジルで再現されるのは、時間の問題だったのだ。

ルラ「新」大統領の課題

首都ブラジリアの主要な公共施設にデモ隊が押し寄せるそばで、警察官が涼しい顔でココナッツウオーターを飲んでいる姿は、恥ずかしいと同時に衝撃的だった。大統領官邸を守るべき陸軍兵士は、犯罪者が美術品や家具、政府文書を破壊して盗んでいる間、何もしなかった。

ルラは迅速に対応した。混乱を収拾するために連邦軍が出動する法的根拠を整え、既に1500人以上の暴徒を拘束した。当面は、暴力的な極右ネットワークのメンバーを特定して取り締まることが重要になる。建物に侵入した人々だけでなく、デモに資金を提供した人や扇動した人、ここ数年クーデターをあおるような筋書きを描いてきた人も含まれる。

ルラの使命が国を再び一つにまとめることなら、ブラジルがこの数年間のように、過激派の戦術とイデオロギーの実験場にならないようにしなければならない。

フロリダに飛んだボルソナロは、18年の選挙運動中に暴漢に腹部を刺された後遺症の治療を受けるとして一時入院していた。暴徒の過激な行為から距離を置くような発言もしているが、今後はブラジルに戻るのか、それはいつか。戻ったとしても暴動扇動の罪から逃れられるだろうか。

The Conversation

Guilherme Casarões, Professor of Political Science, São Paulo School of Business Administration (FGV/EAESP)

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20250401issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月1日号(3月25日発売)は「まだ世界が知らない 小さなSDGs」特集。トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン

ワールド

国際援助金減少で食糧難5800万人 国連世界食糧計
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 8
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 9
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中