ドラマ『リトビネンコ暗殺』が描く、「プーチンの暴走」を許した本当の原点
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『リトビネンコ暗殺』の場面写真。ドラマは実際の事件と捜査の全貌を、事実に忠実に描く (C) ITV Studios Limited All rights reserved.
<実際の歴史的事件を事実に忠実に描いたドラマ『リトビネンコ暗殺』は、ウクライナ侵攻にまでエスカレートしていったロシアと、それを止められなかった米欧側の問題の「原点」を観る人に突きつける>
2006年に起きたロシア連邦保安局(FSB)元幹部アレクサンドル・リトビネンコ氏の暗殺事件と、その後の10年にわたる捜査の全貌を描いたノンフィクションドラマ『リトビネンコ暗殺』の配信が昨年12月22日に始まり、1月12日に最終第4話が公開された。
筆者は07年7月に産経新聞ロンドン支局長として英国に赴任してからずっとリトビネンコ氏暗殺事件をウォッチしてきた。前年06年11月1日、リトビネンコ氏は自宅で突然、体調を崩した。11月1日はリトビネンコ氏と妻マリーナさんにとって、英国の地を踏んだ「自由記念日」だった。マリーナさんはその日、手料理を用意していた。
3日未明、救急車で病院に運ばれたリトビネンコ氏は致死性の放射性物質ポロニウム210を盛られていた。捜査線上にロシアの工作員アンドレイ・ルゴボイ、ドミトリー・コフトンの2人が浮かび上がる。ウラジーミル・プーチン露大統領の政敵ボリス・ベレゾフスキー氏の警備担当だったルゴボイには、怪しまれずにリトビネンコ氏をホテルにおびき出すことが可能だった。
「組織の裏切り者には残酷な死を」というのがロシアスパイの鉄の掟だ。FSB長官だったプーチンにとって、自らと組織の腐敗を告発するリトビネンコ氏は英国に亡命しても決して許すことができない「裏切り者」だった。スパイの鉄の掟というよりマフィアの血の掟と言った方が今のロシアにはぴったりくる。
マリーナさんに何度もインタビューしたことがある大阪出身の筆者は、マリーナさんと長男アナトーリさんを自宅に招いて自慢のタコ焼きを振る舞ったりする仲だ。2人ともタケシ・キャッスル(TBS番組『風雲!たけし城』)の大ファンで、アナトーリさんは日本のことが大好きだ。
ドラマでも描かれる妻マリーナの強さと苦闘
マリーナさんはドラマで描かれている通り、非常に強い女性だ。筆者のガールフレンド(現在の妻)が乳がんで手術を受けることになり、産経を早期退職してロンドンで独立することを決めた時も「あなたがしっかりしなくてはダメよ」と励ましてくれた。
その半面、茶目っ気もある。社交ダンスをしていたマリーナさんはスタイルもよく、「出会った時の彼ったら、本当に性急だったの。すぐに自分のものにしないと私がどこかへ行ってしまうとでもいうような感じだったわ」と、楽しかった2人の日々を振り返った。この明るさがなければアナトーリさんと2人であの苦難を乗り越えることはできなかっただろう。
アナトーリさんは英紙ガーディアンで、22年10月中旬にロシア軍の採用担当者2人が、28歳になる自分をウクライナ戦争の前線に駆り出すためモスクワの留守宅に訪ねてきたことを明かしている。留守宅で暮らしている友人は、アナトーリさんが20年以上不在であることを告げたという。