比マルコス、初の中国訪問 合意は経済優先、南シナ海問題は「言いたいことも言えず」
中国は得意の「友好的」「適切」「協議」「紛争のない」などの美辞麗句で首脳会談の成果を強調しているが、フィリピン側にしてみれば「経済最優先」の足元をみられて、南シナ海問題では「言いたいことも言いだせず」結果として「新鮮味に欠けた結果となった」のが実情だったといえるだろう。
インフラ整備でフィリピン事業者排除の懸念も
こうした批判や注文がある一方、今回の中国側との間でフィリピン産のドリアンやココナツ、バナナなど果物20億9000万ドルに上る輸出で合意したことは「中国との間の貿易不均衡のバランスをとることができる」(マルコス大統領)として大きな成果としている。
このほか橋梁や洪水制御システムなどのインフラ整備に対して総額2億180万ドルの資金提供を受けることでも合意。経済面では一定の成果を上げることができたことに関してはフィリピンメディアは肯定的に評価しているもの事実だ。
ただ、フィリピン国内メディアによるとフィリピン上院少数党総務アキリーノ・ピメンテル議員や下院少数党副総務フランス・カストリ議員などは「中国との間でのインフラ整備や合弁事業で請負業者や労働者を中国人に限定してフィリピン人が排除されることや中国の法律を盾に機密を中国だけが保持するようなことがないように」と合意の詳細についての透明性を政府に求めている。
南シナ海の領有権などは影を潜めて......
訪中前にマルコス大統領が南シナ海のフィリピンEEZ内での中国海警局船舶などの航行、環礁や島嶼で進む埋め立てによる軍事拠点化さらにフィリピンが回収した中国のロケット破片を中国船舶が「強奪」したことなどに対して示していた対中強硬姿勢は首脳会談ではまったく影を潜めた結果となった。
南シナ海問題に関してマルコス大統領は首脳会談で「すでに抱えている問題以上の大きな誤解のきっかけとなる過ちを回避し、両国関係を前進させるために何ができるかを話し合った」と述べた。
しかしこの発言は南シナ海での中国による一方的な現状をフィリピンが追認したうえで、中国との間で新たな波風を立てることを避ける、という消極的姿勢の表明にほかならない。
このため今後フィリピン議会や南シナ海を漁場とする漁業従事者から反発が高まることも予想され、マルコス大統領にとっては今回の訪中首脳会談は、今後後味の悪い思い出となりそうだ。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など