最新記事

東南アジア

ミャンマー、スー・チーの裁判が結審 禁固刑合計33年で政治生命絶つ狙いか

2022年12月30日(金)19時35分
大塚智彦
アウン・サン・スー・チー

すべての裁判が結審したアウン・サン・スー・チー。写真は2017年のもの。Soe Zeya Tun - REUTERS

<軍政主導の「民主的選挙」前にスー・チーら民主派勢力の一掃を図る?>

ミャンマーで軍事政権の強い影響下にある首都ネピドーの裁判所は12月30日、2021年2月1日の軍によるクーデターが起きるまで民主政府の実質的指導者だったアウン・サン・スー・チー氏に対し汚職などの容疑5件について禁固7年の実刑判決を言い渡した。

これでスー・チー氏の裁判は19件すべての審理が結審したことになり、言い渡された禁固刑の合計は33年となった。

ミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍事政権は2023年8月までに「民主的選挙」を実施することを発表しており、年内にスー・チー氏の裁判をすべて終えて、2023年からは選挙実施に専念したいとの軍政の意向が12月30日の「全ての裁判で結審、判決」に反映したとみられている。

クーデター発生当日にネピドーの自宅で身柄を拘束されて以来、スー・チー氏は自宅軟禁下に置かれ、その後ネピドー郊外の刑務所に収監となり、19件の容疑で訴追され被告の身となっていた。この間1度だけ法廷でのスー・チー氏の写真が公開されたものの、消息や動向は弁護士を通じて伝えられるだけだった。

そして刑務所収監後は刑務所内の特別法廷で裁判が続き、独房での様子が断片的に漏れてくるだけだった。健康問題には変化ないものの、自宅軟禁時に一緒だった馴染みのお手伝いさんや愛犬の「同行」は許されず、孤独な日々を送っていたという。

また裁判所が弁護団に対して「法廷での被告の様子を海外メディアなどの部外者に公表することを禁ずる」と命じたため、スー・チー氏の健康状態を含めた状況はほとんど外部に伝えられることはなくなってしまった。

弁護団は以前、スー・チー氏は訴追されたすべての裁判で「事実無根である」として容疑を全面的に否定していることを明らかにしていた。このため公判でスー・チー氏は無罪を主張したものの、軍政の意向を反映して公平、公正な裁判とはかけ離れた審理が進められた。その結果スー・チー氏は訴追されたすべての裁判で有罪となり禁固刑という実刑判決を受けた。

軍政は2023年に「民主的選挙」を計画しているが、スー・チー氏や民主政府の与党でスー・チー氏が率いていた「国民民主連盟(NLD)」関係者らの参加を阻止し、スー・チー氏の政治生命を完全に絶ち、民主派勢力の動きを封じ込めたい考えだ。今回の禁固刑の判決もこうした軍政の意向が色濃く反映された結果になったといえる。

抵抗勢力との戦闘激化

軍によるクーデター発生から間もなく2年を迎えるミャンマーだが、国内の治安は依然として不安定は状態が続いている。

これは国境周辺を拠点とする少数民族武装勢力やクーデター発生後に民主派が組織した反軍政組織「国民統一政府(NUG)」が組織した武装市民勢力「国民防衛軍(PDF)」が各地で軍と戦闘を続けていることが主な要因だ。

軍政は力による抵抗勢力掃討に力を入れるあまり、無実、非武装、無抵抗の一般市民が多数戦闘に巻き込まれ、暴行、拷問、虐殺といった人権侵害が多数発生する事態になっている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中