自らエネルギー危機を招いたEUの「あまりにも素朴すぎた」対ロ経済制裁
SELF-INFLICTED WOUNDS
ガソリンの価格は上がり供給は減り、給油所には列ができた BURAK AKBULUTーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES
<EUの経済成長を支えてきた、ロシア産の安い原油や天然ガス。経済と貿易は安全保障と別物と信じていたEUは、エネルギー問題、高インフレ、そして極右勢力台頭にも見舞われる>
こんなことは自明の理と思われるのだが、制裁(西側諸国が好んで使う外交のツールだ)というものは相手国にしかるべき経済的打撃を与える一方、それを科す国にとっての負担が重すぎてはいけない。だがロシアのウクライナ侵攻に対するEUの経済制裁は、後者の条件を満たしていない。
ロシア産の安い原油や天然ガスは長年にわたりEUの経済成長を支えてきた。だが今のEUは、何としてもそれへの依存を減らしたい。ロシアを罰するにはそれが一番だと考え、代わりにアメリカなどから輸入する液化天然ガス(LNG)への依存を増やしている。
しかしLNGは気体の天然ガスに比べて高価で、しかも加工や輸送の過程で多くの二酸化炭素を排出する。ウクライナ侵攻前でさえ、価格はロシア産天然ガスの4~5倍だった。今はもっと高い。侵攻前の価格の2倍以上だ。
そのせいで高インフレを招き、ユーロ圏の金融市場は不安定になっている。景気後退の危機が近づき、生活費は高騰し、計画停電の実施も現実味を帯びてきた。
ヨーロッパの一部の国々は石炭火力発電にも手を出した。フランスのマクロン大統領らはアメリカに頭を下げ、支援を要請してもいる。
それでもなおEUは、対ロシア制裁のやり方を改めるつもりはないようだ。2022年末にもEUはロシア産原油の輸入を禁じ、G7各国と足並みをそろえて1バレル=60ドルの上限価格を定めている。
今回の制裁で想起されるのは、1930年にアメリカで成立したスムート・ホーリー関税法だ。あれでアメリカは2万品目以上の輸入関税を大幅に引き上げたが、他国も報復関税で対抗した。結果的に世界恐慌が深刻化し、ナチス・ドイツのような極右の暴力集団が台頭した。
現在でも、多くのヨーロッパ諸国の政治は右傾化している。イタリアではムソリーニのファシスト党の流れをくむ党が政権を握り、ポーランドとハンガリーでは右派の政権が一段と独裁色を強めている。エネルギー価格の高騰と高インフレで経済が悪化すれば、極右勢力がさらに勢いづく。
ロシアの戦争を止めるのに本当に役立つなら、制裁発動による高い代償を払う価値もあるという見方はあり得る。だが現実はどうか。ウクライナの領土の5分の1弱は今もロシアの占領下にある。