最新記事

病原菌

「絶滅した病原体が古代文明の滅亡の要因となった可能性がある」との研究結果

2022年8月24日(水)18時23分
松岡由希子

ノミのペスト菌の電子顕微鏡写真 wikimedia

<紀元前22世紀に相次いで滅亡したエジプト古王国やアッカド帝国は、感染症の蔓延もその要因だったことがわかった......>

エジプト古王国やアッカド帝国が紀元前22世紀に相次いで滅亡し、古代近東からエーゲ海にかけて複雑な社会変容が起こり、人口減少や貿易の衰退、文化的変化がみられた。このような劇的な変化は、異民族の侵入や気候変動といった社会的要因と気候要因との組み合わせによるものだと考えられてきたが、このほど、感染症の蔓延もその要因のひとつとして否定できないことがわかった。

青銅器時代のクレタ島にペスト菌とサルモネラが存在した

独マックス・プランク進化人類学研究所らの研究チームは、ギリシア南方の地中海に浮かぶクレタ島の古代埋葬地「ハギオス・ハラランボス洞窟」で発掘されたヒトの歯68本を分析し、その研究成果を2022年7月25日付の学術雑誌「カレントバイオロジー」で発表した。

対象となった歯は少なくとも32人分で、そのうち10人は紀元前2290~1909年に死亡したと推定されている。分析の結果、2人からペスト菌が検出され、別の2人から腸チフスを引き起こすサルモネラが検出された。これはすなわち、青銅器時代のクレタ島にペスト菌とサルモネラが存在したことを示唆している。

ただし、検出された系統はいずれもすでに絶滅しており、その感染症が当時の地域社会にどのような影響を及ぼしたかを解明することは難しい。新石器時代後期から青銅器時代のペスト菌はノミを媒介とする伝播にはまだ適応していなかった。また、古代のサルモネラはヒトへの宿主適応がまだ十分でなかった。

病原菌の発見はこれまで寒冷地が中心だった......

病原菌の発見はこれまで寒冷地が中心であった。2021年6月には5000年前のラトビアの狩猟採集民からペスト菌が発見されている。

一方、東地中海のような温暖な気候では高温下でDNAが分解されるため、古代DNAが発見される確率は低く、病原菌が社会にもたらした影響についてほとんど解明されていない。「ハギオス・ハラランボス洞窟」は涼しく安定した環境であったため、ヒトの古代DNAの保存状態が良好に保たれていたようだ。

研究チームは、研究論文で「紀元前3千世紀後半に地中海沿岸でみられた社会的変化がペスト菌やサルモネラのみによって引き起こされたとは考えにくい」としながらも、「感染症は、気候や民族移動との相互作用において考慮されるべき要因のひとつだ」と指摘している。


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

国債先物は反落、米金利高や入札前調整で 長期金利1

ビジネス

午後3時のドルは157円後半に上昇、方向感乏しく売

ワールド

インド、次期米政権との経済関係強化に期待=商工相

ビジネス

英企業、税制への満足感が17年以降で最低=商工会議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...ミサイル直撃で建物が吹き飛ぶ瞬間映像
  • 2
    空腹も運転免許も恋愛も別々...結合双生児の姉妹が公開した「一般的ではない体の構造」動画が話題
  • 3
    ウクライナ水上ドローンが「史上初」の攻撃成功...海上から発射のミサイルがロシア軍ヘリを撃墜(映像)
  • 4
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 5
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    「妄想がすごい!」 米セレブ、「テイラー・スウィフ…
  • 8
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 9
    肥満度は「高め」の方が、癌も少なく長生きできる? …
  • 10
    気候変動と生態系の危機が、さらなる環境破壊を招く.…
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 3
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強みは『個性』。そこを僕らも大切にしたい」
  • 4
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 5
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 6
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 7
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 8
    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…
  • 9
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 10
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中