最新記事

フィリピン

市民を拷問した「独裁者」マルコスの息子が支持を集める理由【フィリピン大統領選】

2022年5月9日(月)11時40分
コルム・クイン
フェルディナンド・マルコスJr.

民主主義への幻滅が強権政治家の息子マルコスJr.への追い風に? ELOISA LOPEZーREUTERS

<大統領選で元上院議員フェルディナンド・マルコスJr.が勝利を収めそうだ。人口の70%が40歳未満のため、父マルコスの強権政治を直接知らない有権者が多いが、理由はそれだけではない>

フィリピンの大統領官邸に「昔の名前」が帰ってくる。本稿執筆時点ではまだ投票日前だが、5月9日の大統領選で元上院議員のフェルディナンド・マルコスJr.(通称「ボンボン」)が地滑り的勝利を収める情勢なのだ。

マルコスJr.は、1986年のピープルパワー革命で失脚するまで約20年間にわたり独裁政治を行った故フェルディナンド・マルコスの息子だ。

父マルコスは戒厳令を発令して強権的な支配を行い、膨大な数の市民を投獄したり、拷問したりした。

その上、マルコス一家は推定100億ドルの不正蓄財を行ったとされている。多くの国民が極度の貧困に苦しむなかで、イメルダ夫人が3000足余りの靴を集めていたことはよく知られている。

しかし、いま多くの有権者はこのような歴史をあまり問題にしていないようだ。マルコスJr.は、父親の時代をフィリピンの輝かしい時代と印象付けることに成功している。

昨年秋の時点では、ドゥテルテ現大統領の娘サラが世論調査で最も高い支持を集めていた。しかし、娘ドゥテルテは、大統領選ではなく、同時に行われる副大統領選への出馬を選択した。

大統領選に多くの候補者が乱立していることに加えて、有権者が若返っていることもマルコスJr.に有利に働いた。現在、フィリピンの人口の70%は40歳未満。父マルコスの強権政治を直接知らない世代が増えているのだ。

独裁者の息子が支持を集めている理由はそれだけではない。

相次ぐ政治スキャンダルや失政により、民主主義への幻滅が広がっていることも影響しているようだ。

「多くのフィリピン人は、憲法や議会や裁判所や政府機関や......ピープルパワーでは政治を変えられないと思うようになった」と、シカゴ大学のマルコ・ガリード准教授はワシントン・ポスト紙で指摘している。「そこで、自由主義とは相いれない手段により政治を刷新したいと考えている」

マルコスJr.が選挙戦を有利に進めている理由としては、フィリピンで名門政治一家の出身者が支持を集めやすい傾向も挙げることができる。

フィリピンの選挙でも、汚職で起訴された政治家の得票率は下がるのが普通だ。しかし、名門政治一家のメンバーは例外だと、フィリピン政治を研究しているダニエル・ブルーノ・デービスは指摘している。

その一因は、この種の政治家たちが公共事業で有権者に恩恵をもたらしたり、時には直接的に有権者を買収したりすることにあるようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、東岸沖へ短距離ミサイルを複数発発射=韓国軍

ワールド

ロシア、対西側で危機管理重視 曖昧な核行動には同様

ビジネス

トヨタ、北米で仕入先が人手不足 部品逼迫で停止する

ワールド

マレーシアGDP、第1四半期は前年比4.2%増 輸
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中