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「永世中立」のスイスがNATOに急接近 ウクライナ危機で揺らぐ国是

2022年5月17日(火)18時17分

そして今、ウクライナ危機によって中立政策を巡る議論が再燃。現時点で焦点となっているのは、ロシアに制裁を科すが、スイス製の武器をウクライナに輸出することは認めないという政府の決定だ。

プッリ氏は「スイスがウクライナ支援で、より大きな貢献ができないことへの大きな不安がある」と語った。そこで従来の政策を転換し、他国がウクライナに届けた武器弾薬をスイスが補充するという選択肢が浮上しているという。ただ、武器の直接供給はハードルが高そうだとプッリ氏は話した。

スイスのカシス大統領は、これまでウクライナを支援している第三国への武器提供を否定している。しかし、中立は「絶対的な教義」ではなく、ロシアに制裁を科さないと「侵略者の思うつぼになるだけだ」と述べ、この問題で視野を広げる可能性も示した。

世論も一変

スイスは昨年、一部のNATO加盟国で既に使用されている米ロッキード・マーチン社製の最新鋭ステルス戦闘機・F35の購入を決定し、NATOとの関係を築いている。

アムヘルト国防相は公共放送SRFに対して、スイスは中立政策のためにいかなる軍事同盟にも参加できないが、協力は可能であり、われわれが購入する武器システムがその格好の土台になると語った。

スイス軍当局は、NATOとの協力拡大が国防力強化につながるとして賛成しており、世論もロシアのウクライナ侵攻で劇的に変化した。最近のある調査では、NATOとの関係拡大賛成派は56%と、近年の平均の37%をはるかに上回っている。

NATO加盟支持はなお少数意見とはいえ、その勢いは著しく増大。世論調査会社・ソトモが4月に行った調査でNATO加盟に賛成したのは全体の33%で、別の調査で長期的に見られる比率の21%より高い。ソトモの担当者は「ロシアのウクライナ侵攻が多くのスイス国民の心理を一変させたのは間違いない。これは、西側民主主義の価値への攻撃だとみなされている」と説明した。

連立政権の一翼を担う中道右派の自由民主党を率いるティエリー・ブルカルト氏は、中立に対する国民の感じ方に「激震」が起きたと形容し、ロイターに対して中立政策は「柔軟であるべきだ」と強調。ウクライナ危機前は一部の人々が欧州で新たな通常戦争はもう起きないと想定し、軍備解体を提唱する声さえあったが、同危機が決して甘い考えは持てないことを証明したと指摘した。

ブルカルト氏は、国防費増額やNATOとの連携強化に賛成するとしながらも、NATO正式加盟は支持しないと表明した。

一方、やはり連立政権を担う極右のスイス国民党幹部、ペーター・ケラー氏は、中立政策とNATO接近は相いれないとロイターに断言し「成功を収めてきたこの外交政策を最大限に変更する理由は見当たらない。これは国民に平和と繁栄をもたらしてきたのだ」と訴えた。スイス国民党は、下院で最大の議席を保有している。

しかし、国防省の意見は異なる。アムヘルト氏はワシントン訪問中に、中立政策の法的枠組みでも、NATOや欧州の友好国とより緊密に連携するのは可能だと発言した、とスイス紙ターゲス・アンツァイガーが伝えた。

(John Revill記者)

[ロイター]


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