ウクライナ・ゼレンスキーの演説を支える「38歳スピーチライター」のスゴさ
喜劇役者から政治家に転じた44歳の大統領と、38歳のスピーチライター。大統領の演説は、相手国の歴史や国民感情を調べ上げたうえで書かれ、老練ささえ感じられるほどに練られている。とても、これほど若いコンビから生み出されているとは思えないほどだ。
ロシア語でロシア人に語り掛けた大統領
最初に私がゼレンスキー大統領の演説に衝撃を受けたのは2月24日、侵攻前夜に、ロシア語でロシアの国民に向けて語りかけた言葉だった。
「あなた方の中には、ウクライナに行ったことのある人、ウクライナに親戚がいる人も多いでしょう。ウクライナの大学で学び、ウクライナの人々と親交がある方もいます。私たちの国民性、原則や大切にしていることもご存じでしょう。だから、どうか自分自身の声に耳を傾けてください。理性の声に。常識に。そして私たちの声に」
「私たちは異なる存在です。しかしそれは、私たちが敵同士になる理由にはならないのです」
目前にせまりつつある戦争を回避しようと、必死にロシアの人々に語りかける様子は、心に強く訴えるものだった。
ゼレンスキー大統領の母語はロシア語なので、ロシア語の演説は難しくはないかもしれない。だが、それにしてもこの演説は、とても綿密に組み立てられていると、カナダ人でパブリックスピーキングの専門家であるジョン・ジマー(John Zimmer)氏は分析する。
ジマー氏はブログの中で、演説にちりばめられた「あなた(あなた方)」と「私たち」という言葉は、聴衆との距離を縮める上で最も効果的だと指摘する。
この演説には、ほかにもさまざまな手法が使われている。例えば、以下の部分だ。
「私たちは、戦争など望んでいません。冷たいものも(冷戦)、熱いものも(熱い戦争:武力戦争)、ハイブリッドなものも」と、3つの言葉を並べて聴衆に訴えかける。
さらに、質問と答えを繰り返す手法も取り入れている。
「(戦争で)一番苦しむのは誰なのでしょうか? 人々です。こんな戦争を誰よりも望まないのは誰なのでしょうか? 人々です。これを止められるのは誰なのでしょう? それは人々なのです」といった具合だ。
また、最後に質問を投げかけて演説を終えると、聴衆に強く訴えることができる。演説の最後は、この質問で締めくくった。
「ロシア人は戦争を望んでいるのでしょうか? 私はこの問いにぜひ答えたい。しかし、その答えは、ロシア連邦の国民であるあなた方にかかっているのです」
アメリカ人に響く「民主主義」「独立」「自由」
ゼレンスキー大統領の演説には、「最も相手国の人々の心の琴線に触れる言葉は何か」が徹底的に研究され、盛り込まれている。
前述のハーバード大教授は、「演説に、聴き手が大切にしている『価値観』や『信条』が盛り込まれると、共感を呼び、心に響く」と言っていた。