戦争はいずれ終わるが「道徳的排除」は世界から消えない
しかし今回の戦争は同盟国のない一人きりのプレーで、ロシアにとって非常に悲惨なことになった。戦争開始前の段階でも、メディア戦において「自国の安全保障を守るため」「ナチス勢力を断ち切るため」といった持論で国際世論を説得できなかった。
「ロシアは戦うために生まれた国」である。ロシアのある作家が言う。
実際、ロシアが1000年以上にわたって経験してきた「戦争の歴史」とその統計を見ると、フランスに次いで世界で最も戦争を戦っている国であることが分かる。ロシアが「平和」に住んでいた年数と「戦争」に住んでいた年数を調べてみるとこの結果に達する。
ある意味で、戦争はロシアの歴史にとって例外的なものではなく、むしろ欠かせない要素だ。そう考えると、ロシアにとって戦争とは、国家の信念(ドクトリン)またはシステムに近いもので、時代とその状況次第で、防衛的な意味合いのときもあれば、攻撃的な意味合いのときもある。
こうした戦争の軍事的および歴史的影響はロシア人のメンタリティとマインドにはっきりと現れる。
ロシアとロシア人の生活について調べてみると、退役軍人を讃える会や歴史的出来事(戦争や勝利など)を祝う祭日、偉大な将軍の名を冠した道、軍のシンボルと勝利で描かれた建築ファサードを備えた軍事博物館など、軍事的要素とそれを誇ったり祝ったりする様子が人々の暮らしに根付いていることが分かる。
戦争は他のことと同様に文化が変われば、その意味合いも変わる。そして、私たちはその意味合いを互いに正しく知り理解することが重要である。むしろ、相互理解より相互知解への努力のほうが必須と言えるかもしれない。
今、そしてこの先もロシアが直面する最大の問題は、ロシアの新世代がこの「戦うために生まれた国」という伝統的発想を好まず、西欧社会と同じように「文明を生き、楽しむために生まれた国になりたい」と思うことだ。戦争をしても、この若い世代の認識を変えることはできないと思う。過去の思想や伝統に縛られながら生きるか、それとも新たな形の共同体を築き多様な未来のために生きるか。ロシア人とウクライナ人、ひいてはヨーロッパ人の選択と行動に注目したい。
【執筆者】アルモーメン・アブドーラ
エジプト・カイロ生まれ。東海大学国際学部教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。
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