中国に道徳を説いても無意味...それでも「核拡散」を防ぐ方法はある(元豪首相)
PREVENTING AN ARMS RACE
しかし、ここには現状を打開するヒントもある。戦略的世界観に関して、中国は徹底してリアリストだ。彼らに道徳的な正義を説いても何も得られない。だが、冷徹かつ現実的な議論には乗ってくる。両国の競争関係の深化は、むしろ中国を交渉の席に着かせる好機となり得る。そのためには、軍縮合意があれば自国の脆弱性を減らせると、中国に信じさせなくてはならない。
小さな一歩を積み重ねよ
どうすればそれが可能か。本格的な交渉には、中国も簡単には応じにくい。しかしアメリカの軍事力を気にしているのは確かで、そうであれば戦略的透明性や危機管理に関する実務者レベルの協議には応じるだろう。
そうした非公式協議は以前にもあったが、19年に中断された。これを再開し、あるいは新たに対話の場を立ち上げること。それが第一歩ではないか(時期としてはバイデン政権が核戦略の見直しを終える22年春以降になるだろう)。
次に必要なのは、相互の信頼構築に向けて予測可能性や互恵性を確保していく手続きだ。これには弾道ミサイル発射実験の事前通告システムやミサイル防衛能力の合同技術評価などが含まれる。できれば、新しいSTART(戦略兵器削減条約)体制には中国も参加させたい。
米中の2国間協議で始めるのは悪くないが、最終ゴールはロシアも含めた多国間の核軍縮合意であるべきだ。どの国の核戦力も、できるだけ低いレベルに制限すること。そうしてこそ、インド太平洋圏における核軍拡競争を防ぐことができる。
思えば東西冷戦の時代でさえ、アメリカとソ連は核兵器の使用と保有の制限で何とか合意できた。1962年のキューバ危機で地獄を見た経験があるからだ。今の米中両国(そして世界)に、あの二の舞いを演じる余裕はない。