無残な民族浄化の「首謀者」に日本が叙勲...恥ずべき過ちだ
A Disgraceful Honor
日本政府から旭日重光章を授与されたツェリン元駐日大使 MINISTRY OF FOREIGN AFFAIRS, ROYAL GOVERNMENT OF BHUTAN
<日本が叙勲したブータンの元駐日大使は、かつて行われたネパール系住民の追放と弾圧の首謀者だった>
日本政府は4月末、ブータンのダゴ・ツェリン元内相に名誉ある旭日重光章を授与すると発表した。「日本・ブータン間の関係強化および友好親善に寄与した」というのが叙勲の理由だ。ツェリンは1999~2008年に駐日ブータン大使を務め、両国間のハイレベル訪問や文化交流を促進した点が高く評価された。
日本はツェリンの過去を知らないのだろうか。数十年前に当局の手で祖国を追われ、生活が一変したネパール系ブータン人は、この決定にショックを受け、困惑している。
1990年8月17日、ツェリンは内務副大臣の立場で、国外に逃れた南部のブータン人の国籍を剝奪する指令を出した。その中身はこうだ。
「政府は、南部のブータン人多数が反国家主義勢力に合流する目的で国を離れたことを把握した。直ちに県内全ての地区長、議員、一般市民に対し、反国家主義者に加勢するために出国した者はもはやブータン国民とは見なされないことを通知せよ」
ブータンのネパール系住民はその数十年前、南部の人口を増やして税収増につなげると同時に、インフラ整備の労働力を確保する目的で移住を奨励された人々の子孫だ。彼らはきつい労働と引き換えに国籍を与えられた。
略奪、放火、襲撃、逮捕、拷問、強姦...
この国籍剝奪措置に対し、故郷を追われたネパール系住民が差別的政策だとして反発。すると、ツェリンは国家権力を動員して略奪、放火、襲撃、逮捕、拷問、強姦などの弾圧を行い、さらに多くのネパール系住民を故郷から追い出して、無国籍状態にした。
インディア・トゥデー誌の90年9月号に掲載された記事には、ツェリンの思想がはっきりと表れている。ブータンの学校でネパール語を教えるのをやめた理由として、ツェリンは「われわれの経験では、ネパール系住民はわが国よりネパールへの帰属意識が強い」と述べている。
このネパール系住民への弾圧によって、筆者の父を含む多数の人々が何カ月も投獄され、精神的・肉体的拷問を受けた。当時は政府が国内メディアを完全に支配していたため、この残虐行為はほとんど外国に伝わらなかった。