最新記事

アメリカ

報道機関の「真ん中」の消失、公共インフラの惨状が深めた分断

2020年12月29日(火)17時20分
金成隆一(朝日新聞国際報道部機動特派員)※アステイオン93より転載

成功者の離脱、公共投資の衰退

公共インフラの惨状を前に思い出したのは、経済学者ロバート・ライシュが『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』(中谷巌訳、ダイヤモンド社、1991年)で示した「成功者の離脱」という現象だ。

彼は、グローバル経済下の職種区分は、工場やデータ入力などの「生産サービス」、飲食店や介護などの「対人サービス」、データや言語などのやりとりで問題を解決する「シンボル分析的サービス」に3分類できるとした上で、「生産サービス」は海外移転と機械化に、「対人サービス」は機械化と移民との競争にさらされ、両者を乗せた船は「沈みつつある」とした。一方、世界で働く法律家やコンサルタントたち「シンボリック・アナリスト」の「大船は急速に浮上しつつ」あると分析した。21世紀はおおむねその通りになった。

重要なのは、ライシュが描いた、この先だろう。グローバル化した世界では、シンボリック・アナリストが支配的になり、沈む船に乗った労働者との所得格差を広げる。社会としては、新時代に合わせた再教育や職業訓練の費用をシンボリック・アナリストに負担してもらいたいが、ここで彼らが応じるか? ライシュは「連帯感なしには、最富裕層の寛大さは生まれてこない」(346―347頁)と見通しを示した。

こうして成功者の「離脱」が始まる。警備員を雇ったゲーテッド住宅で暮らせば、外の世界の治安はあまり気にならなくなる。子どもを私学に通わせれば、公立校の整備への関心は薄くなる。会員制の医療やジムでサービスを受けられるなら、公的医療への出費は無駄に見えるかもしれない。「(成功者たちが)大多数の民衆から秘かに離脱して、同種の人間だけが住む『飛び地(エンクレーヴ)』を形成しつつある。そこでは、自分たちの所得を恵まれない人々に再分配する必要がない」(368―369頁)というのだ。ライシュが「公共投資の衰退」を指摘したのは30年も前だが、先述した公教育の窮状などを眺めれば、今も続いていると思わざるを得ない。

※第3回:今のアメリカは「真ん中」が抜け落ちた社会の行きつく先に続く。

金成隆一(Ryuichi Kanari)
1976年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、2000年朝日新聞社入社。大阪社会部、ハーバード大学日米関係プログラム研究員、ニューヨーク特派員、東京経済部を経て現職。第21回坂田記念ジャーナリズム賞、2018年度ボーン上田記念賞を受賞。著書に『ルポ トランプ王国』『ルポ トランプ王国2』(いずれも岩波新書、第36回大平正芳記念賞特別賞)など

当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン93
 特集「新しい『アメリカの世紀』?」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU、米と関税巡り「友好的」な会談 多くの作業必要

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、米中緊張緩和の兆候で 週

ビジネス

米国株式市場=4日続伸、米中貿易摩擦の緩和期待で 

ビジネス

米中、関税協議巡り主張に食い違い 不確実性高まる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中