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豪中関係

中国の挑発に乗ったオーストラリア首相、謝罪を要求すべきではなかった

The China-Australia Twitter War

2020年12月7日(月)10時05分
レイチェル・ウィザース

実を言えば、こんなことになる前から両国の関係は冷え切っていた。発端はモリソンが米トランプ政権に同調して、新型コロナウイルスの発生源に関する調査を求めたことにある。中国はこれに反発し、オーストラリアからの輸入品に懲罰的関税を課すなどの措置を取った。

結果、オーストラリアの国内メディアに言わせれば、両国関係は冷戦の終結後で最悪の状態にあったのである。

怒りに任せて反論したモリソンは、中国の仕掛けた罠にはまったも同然だ。そもそもけんか腰の「戦狼外交官」として知られる趙が投稿の撤回や謝罪に応じるはずがない。

しかも、モリソンが大騒ぎしたせいで、これまで国際社会にはほとんど知られていなかった自国軍の恥ずべき行為に注目が集まってしまった。筆者は仕事柄、過去にオーストラリアの罪を何度も国外向けに紹介してきたが、今回は首相が自ら墓穴を掘った。

モリソンは問題の画像を、目立ちたがり屋の中国官僚による悪趣味な行為と一蹴することもできたはずだ。しかし彼は事を荒立ててしまい、中国側の思うつぼにはまった。

予想どおり、中国共産党系のタブロイド紙「環球時報」は社説で、「罪もない人の殺害を非難した中国外務省報道官を責めるとは、モリソンはどこまで傲慢なのか」と批判した。これはまあ、正論と言わざるを得ない。

趙の投稿は確かに(ある人権派の言葉を借りれば)「信じ難いほど偽善的」だが、それでオーストラリアの兵士たちの行為が正当化されるわけではない。

趙があの画像をアップする以前のオーストラリアは、自国の兵士による戦争犯罪をそれなりに恥じていたはずだ。しかし他国から公然と非難されたことで、内なる罪の意識や良心の痛みが、その国への怒りに変わってしまったように見える。

モリソンの気持ちは分かる。国民の人権を平気で踏みにじる中国から、同じ罪で非難されるのは面白くない。しかし考えてみれば、人権問題について偽善のそしりを免れることのできる国はほとんどない。

中国は今後も、オーストラリアが抱える複雑な人権問題(先住民差別、高齢者介護における虐待の問題など)をやり玉に挙げてくるだろう。それを阻むことはできない。

モリソンは今回、国際社会は中国の非人道的行為も見逃さないぞというメッセージを送ったつもりかもしれない。だがその言葉は、巡り巡ってオーストラリア自身にも突き刺さってくる。

中国政府の人権無視は誰もが知っている。だがモリソンが今回の件で過剰反応したせいで、世界の多くの人が知ってしまった。オーストラリアも、結構ひどいことをやっているのだと。

©2020 The Slate Group

<2020年12月15日号掲載>

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