【ルポ】全てを失ったナゴルノカラバフ住民の「涙の旅路」
‘Losing It Is Everything’
アゼルバイジャンの支配下に置かれる日が迫るなか、ナゴルノカラバフの主要都市ステパナケルトとアルメニアを結ぶ北部の山道沿いに、無傷で残る家は皆無に近かった。屋根が剝がされ、梁がむき出しになり、朽ちて葉脈だけになった落ち葉のような姿をさらしている。
アゼルバイジャン当局は、一連の破壊行為を「エコテロリズム」と非難する。
紛争後の現実は、紛争自体より厳しかったかもしれない。携帯電話はほぼ通じず、インターネットも温水も暖房も使えず、食べ物はパンかインスタントヌードルだけだった。
君臨していたのは混乱だ。アゼルバイジャンとの境界は今、正確にはどこなのか。アルメニアに通じる北部の山道がもはやアルメニアの支配下になく、アルメニアに通じるラチン回廊がロシア平和維持部隊に封鎖されるなら、住民は逃げられないのか。問いの数は多く、答えは少なかった。
なかでも強い不安にさらされたのが、古代から残るダディバンク修道院だ。山腹地帯にあるこの修道院は当初、停戦合意の下、アゼルバイジャン側に引き渡されるとみられていた。最後の別れを告げようと、アルメニア各地から数百キロを旅して人々が訪れ、神の介入を祈って、アルメニア国旗にキスする人もいた。
ロシア平和維持部隊の兵士を満載した戦車が到着したのは、司祭が信徒たちに、これが最後となるはずのミサを行っている最中だった。
今のところは、ダディバンク修道院は救われたようだ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は11月14日、ナゴルノカラバフにあるキリスト教の宗教施設や聖地を保護するようアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領に要請した。
ロシア軍(と、近く派遣が見込まれるトルコ軍)は平和維持活動を任務とする。だが、誰もが和平を受け入れるわけではない。
戦闘は終結したが、機械工のアルダクとアララトは今も、必要とあれば前線で戦う覚悟だ。山中の前哨基地で過ごす夜に備えて体を温めようと、彼らはジャガイモとソーセージを焼いている。
アゼルバイジャンがさらなる領土奪取を目指すのではないかと、2人は懸念する。彼らと同じく、パシニャンがアゼルバイジャン側にはるかに有利な協定を結んだことに、多くが怒りを感じている。停戦合意発表後、アルメニアの首都エレバンでは、パシニャンの辞任を要求する抗議デモが起きた。
「辞任すべきだ。それとも自殺するか、ハラキリをするべきだ」と、アルダクは話す。「だが彼が辞任したら、旧体制が復活するだろう。それも歓迎できない」。2018年の政変でパシニャンが首相に就任する前、同国ではエリート層による支配が続いていた。
もっといいアイデアがあると、アルダクは言う。「俺が後継者になればいい」
<本誌2020年12月8日号掲載>
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら