最新記事

スイス

「優等生」スイスは人命より経済優先 コロナ第2波

Switzerland Is Choosing Austerity Over Life

2020年11月12日(木)18時55分
ヨゼフ・ドベック(外交政策研究所フェロー)

第1波が収束し始めると、スイスは他のヨーロッパ諸国やアメリカよりも迅速かつ大幅に、行動規制を緩和した。バーやクラブは営業を再開し、屋内でのマスク着用は自由に任された。観光局はフランス語放送のテレビで宣伝を再開。10月1日からは、1000人以上のイベント開催が解禁された。スイス人は、まるでパンデミックなどなかったように秋を迎えた。

政府が感染拡大の深刻化を認めている今でも、多くのヨーロッパ諸国の政府が決断したようなロックダウンに近い厳しい規制の導入には至っていない。英オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院の調査によれば、スイスの新型コロナ対策は今も、他のヨーロッパ諸国やアメリカと比べるとかなり緩く、スウェーデンより少し厳しい程度だ。

スイスが厳しい措置を取りにくいひとつの理由は「連邦制」だ。第1波の後、連邦政府は国内26州に対して、独自の新型コロナ対策を取る権限を与えた。だが州といってもスイスの州は小さいところが多く、行動を起こすことに消極的だった。車で5分行けば隣の州のレストランが営業を続けているとしたら、自分の州だけ閉めろとは言いにくい。独自に新型コロナ対策を導入した場合、それによって企業や労働者に生じた損失も各州が負担しなければならない。

中央政府の権限は限定的

だがもっと大きな問題は、より厳しい制限措置の導入が、「小さな政府」を掲げるスイスの哲学にそぐわないということだ。

山の多い地形のため、天然資源も耕作に適した農地も少ないスイスは、伝統的に「商業のみが繁栄の手段」だと考えてきた。政府が国民生活の中で果たす役割が限定されている背景には、スイスが「複数の独立国家(州)の同盟」から発展した国だという歴史がある。各州が連邦制を取ることに同意した一番の理由は、同胞愛でもなければ国家樹立の願望でもなく、ヨーロッパの大国に飲み込まれるのを回避し、各州の主権をできる限り守るためだった。

中央政府の権限が弱く貿易に依存しているスイスでは、長年企業が大きな力を持ってきた。1848年以降、連邦政府は企業寄りの政党が多数を占めてきた。統一の最低賃金はなく、労働者の権利保障もほとんどない。中央政府の経済への干渉は嫌がられる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザの砂地から救助隊15人の遺体回収、国連がイスラ

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中