最新記事

米朝関係

「執権欲に狂った老いぼれ」バイデンを罵倒した金正恩の焦り

2020年11月10日(火)14時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮メディアはすでに昨年の時点でバイデンを罵倒していた KCNA-REUTERS

<金正恩がトランプとウマが合った理由は、北朝鮮の人権侵害を追及しなかったからだ>

米大統領選でのジョー・バイデン民主党候補の勝利を受けて、対米関係の打開をトランプ大統領との「個人的関係」に大きく依存してきた北朝鮮の金正恩党委員長は、いま何を思っているのだろうか。

北朝鮮は、バイデン氏が副大統領を務めたオバマ前政権を激しく忌み嫌っていた。来年1月に発足することになるバイデン次期政権についても、強い警戒心を抱いているだろう。

北朝鮮メディアはすでに昨年の時点で、バイデン氏を罵倒している。朝鮮中央通信は「狂犬は一刻も早く棍棒で叩き殺すべき」と題した2019年11月14日付の論評で、「大統領選挙で2回も落選しても三日飢えた野良犬のように歩き回り、大統領選挙競争に熱を上げているというのだから、バイデンこそ、執権欲に狂った老いぼれ狂人である」とこき下ろした。

北朝鮮がバイデン氏を警戒する最大の理由は人権問題だろう。金正恩氏がトランプ氏とウマが合った理由は、トランプ氏が北朝鮮の人権侵害を追及しなかったからだ。

<参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

しかし、人権を重視することで知られるバイデン氏とはそうは行くまい。同氏は昨年11月11日にアイオワ州で行った演説で、金正恩氏のことを「自分の叔父の頭を吹き飛ばし、空港で兄を暗殺した」と非難した。また、バイデン陣営は選挙のためのテレビCMでトランプ氏が金正恩氏やロシアのプーチン大統領らと握手する映像を流し、彼らを「独裁者」「暴君」などと呼んだ。

前述した論評は、こうした動きに対する反撃として出されたものだ。

バイデン次期政権が北朝鮮とどのように向き合うかは今のところ不明だが、トランプ氏のように人権問題を軽んじることはないだろう。そうなれば、米朝対話は膠着するしかない。

金正恩氏にとって核兵器は、条件次第では一定の譲歩が可能な交渉カードだ。仮に、米国が北朝鮮側の要望をすべて聞き入れるなら、金正恩氏は非核化に応じるかもしれない。

しかし、恐怖政治で権力を維持する金正恩氏にとって、人権問題は体制の根幹にかかわる問題だ。人権問題の改善について、他国と交渉すること自体が不可能なのである。

その不可能な要求を非核化とともに突き付けられ、国際社会に経済制裁を解除させる道が絶えてしまうことを、金正恩氏は何よりも警戒しているはずだ。

<参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中