タイの民主化デモ隊、議会や王宮ではなくドイツ大使館にデモ行進したワケは?
こうした事情があるとはいえ、今回の民主化要求デモには国際社会が注目しているだけに、ドイツやイスラエルなど関係国から反響を危惧するデモ参加者らが、ドイツ大使館へのデモ行進に先立ってツイッターなどを通じてナチスやヒットラーに関連した行為の禁止を呼びかけ、「もしそういう行為や服装などを見かけたら即座に中止するように注意してほしい」と訴えた。
これはこれまでのデモ、集会でも極力警戒に当たる警察などの治安部隊との衝突を避けるために「過激な行動を慎む」「タイ王室への侮辱に当たる言動には注意する」「警察部隊には無駄な抵抗はしない」などとデモ主催者や学生代表が呼びかけていることと同じ「あくまで平和的手段での民主化要求」を目指す狙いと同じ発想といえる。
こうした徹底した「トラブル回避」は今回の一連のデモ、集会でも治安部隊と間で大きな衝突や流血の惨事の発生を防いでいる一因との見方が有力となっている。
民主化要求デモは新たな段階に突入
こうした学生主導による今回のデモ、集会はその戦術だけでなく、「王政改革」を要求の大きな柱に掲げていることが過去の民主化要求運動と異なる大きな特徴となっている。
デモ隊が求める「憲法改正問題」などを協議するためプラユット政権は26日から臨時議会を招集している。しかし「プラユット首相の辞任要求」に対してはすでにプラユット首相自身が「辞める理由がない」と完全拒否の姿勢をみせており、打開策も落としどころも現段階では全く見通せない状況が続いている。
こうしたなか、26日にデモ隊がドイツ大使館に要望書を直接手渡す行動に出たことは、今回の民主化要求デモが国際社会にも支持を訴える新たな段階に入ったことを示す事例として注目されている。
ドイツ政府も10月8日にマース外相が「タイの国事行為がドイツ本土で行われるべきではないと考える」と発言したことをロイター通信が報道。タイ国王でありながらドイツのバイエルンにある4つ星ホテルを全館貸し切り、王室スタッフや「愛人」とされる多数の女性と1年の大半を過ごしているワチラロンコン国王へのドイツ国内での批判も高まっている。
マース独外相はデモ隊が要望書を提出した26日に「ドイツ政府はタイ国王の行動を注視している。もし違法行為とみなされることがあれば重大な結果をもたらすだろう」と警告したとロイター通信は伝えた。
こうした一連の動きは「王室改革」がタイ国内だけでなく国際社会をも巻き込んだ政治問題になろうとしていることの表れといえ国王自身、そしてタイ政府が今後どういう対応を見せるかが次の焦点となってきている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など